らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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日向城 (佐久市根岸)  

◆段郭+長大な六連続堀切を装備する美しき佐久の山城◆

早く掲載しないと賞味期限が切れそうなので、南佐久で未掲載の城をご紹介したい(笑)

城正面に執拗な(ってか病的な)段郭を刻んだ築城方法は、信濃の城の特徴であろうか。

その後、搦め手やウィークポイントに堀切や竪掘りを組み合わせて進化していったのだと思われる。

この城の主郭背後の竪土塁を擁した長大な堀は「溜め息がでるほどの造形美」なのである。

日向城(佐久市) (11)司令塔(主郭)に建つ八幡神社。

佐久の城というと、ドカーンと構えて守れそうも無いデカ過ぎる崖淵城とか、在地土豪のしょーもない砦、武田軍の侵略に抵抗してボロボロになった山城、武田軍の宿城として再利用されたであろう城郭などバリエーションは豊富だが、これといったピカイチのお城なんぞ無いものと思っていた・・(失礼)

小生も最近まで知らなんだが、ツウの中世城郭ヲタクのみぞ知る「日向城」(ひなたじょう)の評判は凄いらしい

その連続堀の美しさは信濃の山城の中でもベスト3に入る絶大な支持を受けているとか・・・。

「百聞は一見にしかず」このことであった。

日向城(佐久市) (12)社殿の後ろが土塁で迫り上げてあるのは毎度おなじみの光景(笑)

【城主・城歴】

城が立地する日向(ひなた)集落は建武元年の大徳寺文書に地頭平賀弥七の荘園として記録があるものの、城の記載は無い。

伝説として長坂釣閑斎(ちょうかんさい)の居城とされている。

日向城見取図①計算された美しさが図面でも見てとれる。

釣閑斎(長閑斎光堅)は、甲州逸見筋(へみすじ)長坂の出自で、信玄、勝頼二代に仕え、天正十年(1582)、武田氏滅亡後、信長に誅殺されている人物である。
「南佐久郡古城址調査」では「釣閑斎の子源五郎昌由でも、此の地方の番衆として遣わされ、此の城に居ったのであるか」としている。
いずれにしても、伝承からすると、甲州の息のかかった城というのが考えられよう。

(信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著より引用)

日向城(佐久市) (22)主郭背後の箱掘㋐。いきなり魅せてくれる上巾20mは圧巻で言葉にならない。

日向城(佐久市) (20)意図的に南側は二重堀切にしていない。

実際の主郭は「郭2」であり、ここから兵士が各防御区域に配置され、必要であれば増員されたと思われる。

箱掘㋐は武者溜り或いは伏兵を置いた塹壕と考えれば、北側のみ二重堀切とした工夫は面白い。

日向城(佐久市) (25)北側へ薬研堀となる堀切㋐。

堀切に土手(または土塁)を伴うのは、排出される残土の処理を合理化する試みであったようだ。

なのでこの日向城の堀は、バンバンと岩でも石でも豪快に断ち割る村上時代の堀切作業とは一線を画している。

日向城(佐久市) (27)どこがどうちがうのか写真ではハッキリしないが、北斜面に落ちる堀切㋑。

まあ、伝説なので、甲州流の築城技術が誓われたのかはハッキリしないが、他の佐久地域の城とは明らかに一線を画した縄張りと土木技術は在地土豪にはない洗練されたものを感じる。

日向城(佐久市) (28)土手に土塁を伴う堀切㋑は優雅な曲線美を描いて南へ続く。

武田の息のかかる山城であれば、さぞかし重要な街道の要衝とか戦略的に外せない場所と考えてしまうのだが、どうでもいいような山間の尾根先に築かれている。

これは仙当城の立地にも共通するのだが、戦術上も戦略上も全く困らない場所なのである(汗)

日向城(佐久市) (31)郭5の削平地。堀切と堀切の間に郭を置く発想はかなり斬新なものと見てとれる。

日向城(佐久市) (41)郭6。堀切の前後に防護壁付きの陣地とは画期的な造りであろう。

武田軍の築城技術の最先端を披露する場所がここで良かったのかは疑問である・・(笑)

しかしながら、この堀の技術は「柔よく剛を制す」の基本であり、見とれてしまう美しさがある。

日向城(佐久市) (42)最も巾のある堀切㋓。

毎回思うのだが、写真では堀の長大さとか深さや巾を伝えるのは難しい。

同行者を堀切に建たせる手法は簡単みたいだが、単独訪問では無理だしね(笑)

日向城(佐久市) (46)南に向けた堀切㋓。途中から二重堀切を形成する手の込んだ仕様である。

長坂さんちの息子の居城だったかは別としても、圧巻の技術と美しさである。

500年以上無傷で残してくれた地元の方々に感謝感激雨あられですね(笑)

確か隣の自治体はデストロイヤーなのに・・(爆)

日向城(佐久市) (58)最終の堀切。

隠れキリシタンならぬ隠れ名城は何時でも大歓迎です・・・(笑)

堀ばっか記載しましたが、郭も載せておかねば・・

日向城(佐久市) (1)馬出しと伝わる郭4

日向城(佐久市) (10)V字型の郭2

地図を眺めると「なんでここなんだろう?」と思う。

眺望や交通の要衝ということだけを考えれば虚空蔵山烽火台で充分だと思うが、何故この場所なのか?

前山城の緊急避難用の砦として機能させる目的があったのだろうか?

疑問は尽きない・・・

謎の城は美しいのであった・・(笑)

日向城(佐久市) (65)北方面にしか視界のない立地。


≪日向城≫ (ひなたじょう 長坂城)

標高:808.0m 比高:100m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:佐久市根岸
攻城日:2012年11月11日 
お勧め度:★★★★★ (久々の満点)
城跡までの所要時間:10分 駐車場:公民館付近に路駐
見どころ:土手付き圧巻の六連堀
注意事項:間違えて日向神社のある峰に登る人が多いが、城址は南側の尾根です。(小生も迷った・・)
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:前山城、虚空蔵山砦、宝生寺砦など

日向城(佐久市) (69)日向集落から西へ抜け民家が途切れたら林道を左に入る。(集落の途中を右に入ると日向神社)

日向城(佐久市) (73)日向集落から見た遠景。




















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Posted on 2013/08/25 Sun. 07:22 [edit]

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