らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0927

小笠山砦 (静岡県掛川市入山瀬)  

◆若き家康の執念を感じる前線基地◆

田舎ネズミの「おのぼりさん旅行記」はもう少し続くので我慢して頂こうか・・(汗)

高天神城の攻略の為に徳川家康が六ヶ所の付け城を築いていたのは知っていたが、この時の攻城リストには全く無くて、いずれまたの機会があれば・・と思っていた。

小笠山砦 (1)それは決して見てはいけない看板だった。

当日の最終目的だった相良城を見学して、その日は掛川市での宿泊だったので、県道37号線経由で菊川に出るはずが、カーナビ距離優先お任せコースでどういう訳か県道251号線へ入る。

道路のカーブにあった看板には「小笠山砦」

「??????????????」

思わずUターンして確かめる始末であった(笑)

既に夕方も近かったので、「また あ~と~で!」 思い付き人生のノーテンキとはこの事であった・・・(爆)

小笠山砦 (2)小笠山神社社務所。郭跡だったと思われる。

翌日、掛川城の見学時間を大幅にカットして小笠山砦へ突撃する。

予備学習無しに突入するのは気が引けたが、行けば何とかなる?・・・結果、後の後悔先立たず・・・(汗)

徳川家康が高天神城の付け城として築いた六砦(小笠山砦、三井山砦、中村城山砦、能ヶ坂砦、獅子ヶ鼻砦、火ヶ峰砦)の中では規模も技巧も優れたメインの砦が小笠山砦らしい。

小笠山砦 (3)笹ヶ嶺御殿手前の横堀。

何といっても、砦跡のある小笠神社まで車で行けるのが嬉しい。

山城探訪で大切な事は「いかに最短で体力を使わずにその場所に辿り着けるか?」である(笑)

残念ながら小生のような横着者の住む信州では、それを許してくれる城跡は少ないのが現実であろうか(汗)

小笠山砦略図

実はこの砦、帰ってきて後から調べてみると、小笠山の頂上まで遺構があり小生が見てきたのは「笹嶺御殿(ささ
みねごてん)」と呼ばれる入り口の遺構だけだったようである・・・・(悔)

偉そうに云ってるものの、所詮は田舎のネズミ。このことであった(笑)

小笠山砦 (4)遊歩道の設置で改変された笹嶺御殿への登山道。

小笠山砦 (5)櫓台(?)跡。

この砦は、徳川家康が今川氏真の籠る掛川城を攻める際の付け城として築かれたようで、その後の高天神城奪還の戦でも、武田軍の補給路封鎖作戦で重要な役割を果たしたという。

徳川家康が築いた山城という構図はピンと来ないが、徳川さんも山城(陣城)は作れたようである・・(爆)

小笠山砦 (9)いい味出してる堀底の標柱。

陣城(付け城)如きでこれほどで凝るのか?という改修であるが、家康さんは縄張りには関わっていないと見るべき。

何故かって?

縄張りがキチンと出来る武将が、城攻め(攻城戦)を不得手とするのはあり得ない事ですもの・・・(笑)

小笠山砦 (10)城域西側の薬研堀と切岸。

小笠山砦 (16)御殿跡の説明板。

いつもなら尾根先まで駆け上がるのに、この日はどうしたことか説明板を見て安心してしまった。

見るべき遺構はもっと先にあったのに・・・・・

小笠山砦 (18)笹嶺御殿の先の土橋と天然(?)の堀割。

小笠山砦 (29)御殿下の帯郭。

小笠山砦 (27)南西斜面の竪掘。

高天神城の攻略に対して他の五つの砦の中心となり、南を抑える横須賀城とともに重要視されたのであろう。

「二度、三度訪れてみないと、その城の姿は見えてこない」 まさにその通りである。

しかし、信州からは遠い(笑)

≪小笠山砦≫ (おがさやまとりで 笹嶺御殿)

標高:264.8m 比高:206m
築城年代:永禄年間?
築城・居住者:徳川氏
場所:静岡県掛川市入山瀬
攻城日:2012年10月9日 
お勧め度:★★★★☆  
城跡までの所要時間:数分 駐車場:有り
見どころ:土塁、堀切など
注意事項:山頂付近へ向かう途中の一騎駈けの尾根は転落注意だとか・・(自己責任でね)
参考文献:
付近の城址:高天神六砦、掛川城、高天神城、横須賀城など

小笠山砦 (31)山麓の国道409号線から見た小笠山砦。










スポンサーサイト

Posted on 2013/09/27 Fri. 07:27 [edit]

CM: 2
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top