らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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千国街道をゆく  

◆信越国境の境目の城の謎が解けるのか?◆

先週末の日曜日に信濃先方衆の秋季合宿と称し、ていぴす殿とウォーミングアップも兼ねて千国街道の小谷村(おたりむら)の城館群に攻め入る。

平倉城~稲葉城~黒川館~立屋の城峯砦~千国城。

「攻め落としたら、さっさとアップせんかい!!」(笑)

皆さまのお叱りの声が聞こえそうだが、飯森十郎盛春の散った平倉城や千国氏関連の砦を「ありきたり」な写真と「世間で言われている通説や定説」で片づけるのは正直なところ心苦しいのである。

平倉城(小谷村) (2)城域が大きく三つに分かれる平倉城。予想外のスズメバチの奇襲に敗れ去り、肝心の三段目が見れずに退却(汗)

小谷村は松本藩時代は七ヶ所の集落の構成なのだが、戦国時代は小谷五人衆の五ヶ所の所領だったという。

稲葉城(小谷村) (44)平倉城の東4kmにある稲葉城。在地土豪の城としては技巧的でもある。

「天正十年(1582)十月に千国氏は上杉景勝の家臣で根知城主だった西方房家と小谷衆によって滅ぼされた」

その一行で片付けてはいけない。

そもそも千国氏は何者で、何故ここを領有して、何故滅ぼされてしまったのか?

黒川館(小谷村) (1)「武蔵の五遁」さんは遠く険しい黒川城を制圧されたようですね。小生は今回は敬意を表して遠慮しておきました。

黒川城は千国さんが天正年間に築城した山城で甲州流の技法を取り入れた城らしいのですが、お楽しみは来年の春先ということで、今回はパス(ってか、平倉城で体力終わりました・・・汗)

立屋の城峯砦 (33)立屋の城峯砦。恐らく黒川城の築城前の千国氏の詰めの城だったと思われます。結構遺構が残っているのでビックリ。

この日の最後の仕上げは「千国城」って名前の城なんだけど、簡素な物見砦。

面倒なので麓から直登しましたが、期待を裏切ってもらって、がっかりでしたあー・・・(涙)

千国城(小谷村) (23)

テキトーは良くないので、飯森さん、千国さんについては図書館から本を借りてきてちゃんと調べてます。

特に千国さんは名門仁科一族の堀金氏の分家なんで、堀金村の村誌が頼りになります。

そのうち掲載しますんで、ヨロシクお願いしますw(いつになるか、お約束は・・・無理だ・・・)

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Posted on 2013/10/01 Tue. 22:05 [edit]

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