らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

1026

立屋城 (上水内郡小川村表立屋)  

◆口留番所も置かれた牧野島に通じる要衝の地に佇む砦◆

10月に台風三昧とは驚きを通り越して呆れる。しかもアベックでお出ましとは恐れ入る・・・(汗)

待望の山城シーズンが一ヶ月削られて損をした気分。しかも毎週末雨で怒りが頂点に達してスーパーサイヤ人になれそうだ・・(笑)

今回も小川村の続きで立屋城をご紹介するとしよう。

立屋城(小川村) (57)立屋城跡入り口には松代藩の立屋口留番所の跡の碑が立つ。

小川村郷土館歴史館の館長さんに色々と小川村についてご教示いただいた。

「立屋城跡は行かれましたか?あそこは桜の季節は口留番所址の桜並木が素晴らしいのでお勧めです。最近代々関守を務められた方が今もお住まいで、最近ご主人がお亡くなりになりましたが、奥さんがご健在なのでまだしばらくは見れると思いますよ」


立屋城(小川村) (54)番所址から数分登れば城域である。

【立地】

大日方氏の本城の古山城からは土尻川を挟んだ南の対岸約2.5kmにあり、旧信州新町との境である。山穂刈や牧之島へ抜ける交通の要衝で、江戸時代になると松代藩の口留番所が置かれ物流の交易が盛んな場所だったという。


立屋城(小川村) (4)城域入り口の郭8.

【城主・城歴】

「小川村誌」によれば、小川氏の領有時代には土豪の立屋氏の居城だったとされ、その後大日方氏の支配下では古池氏が領有し、その後は牧之島城主の馬場美濃守信房の支城に組みこまれたというが、確証は無い。
また柏鉢城の支城だったという見方もある。
弘化四年の大地震(善光寺平地震)で城の東側が崩落したようで、往時の城域を判定するのが難しい。

立屋城見取図①崩落した東側にも何かあったのか?

近くに宿泊施設(林りん館)や展望台(駐車場あり)があるので車で楽に来られるのでイイ。

いかに楽してズルして城跡まで近づけるのかが我々の本音である。ならば過酷な山登りなどしたくない(笑)

立屋城(小川村) (3)現在は無人となった家屋の辺りも郭だったのであろうか。ここを右側へ折れると城の中心部に入る。

立地自体が要害の場所にあるので、縄張も特に工夫された跡もなく堀切一本を認めるぐらいである。

烽火台としては最適の場所にあるので、仁科口の千見城~古山城~立屋城~牧之島城、あるいは中条の柏鉢城へ繋いだと思われる。

立屋城(小川村) (5)広大な郭5.掘立建て物があったと思われる。

郭5を東へ登ると細長い郭4を横切って秋葉社の祀られた郭2へ入る。

立屋城(小川村) (36)郭1から見た郭2と虎口。

立屋城(小川村) (11)社殿に張られた宮坂氏の鳥瞰図。古山城のようにデカイ看板にして欲しいものだ(笑)

三角点のある郭1はかなり狭いので、実態としては2が主郭として烽火台の機能があったのだろう。

社殿の背後に土塁が認められるが、往時のものなのか秋葉社を勧進した時のものなのかは判断できない。宮坂氏の縄張図によれば隣接する郭3にも土塁があったようだが、ここ数年の間に崩落したようで確認出来なかった。

立屋城(小川村) (14)

立屋城(小川村) (37)郭1は藪が酷いが三角点がある。

藪で良く分からない郭3の北側には堀切が二本あり堀底が11mもあり巨大な堀は「三日月堀」と呼ばれている。

名前だけ聞けば武田の城関連と思われそうだが全く別物で、向きも逆である・・(苦笑)

立屋城(小川村) (24)高さ10mの切岸が圧巻な三日月堀。藪の無い時期の訪問が見ごろかと。

縄張を見ると南へ備えた作りで小川氏統治時代には香坂氏の牧野島に対する砦だったようで、その後は大日方氏に替わり上杉軍の南下に備えて北の尾根側に大堀切を増設したように思える。

立屋城(小川村) (48)南端の小高い丘(郭7)には祠とお墓があった。見張り台だったのだろうか?

実はこの立屋城から600m西の筏ヶ峰付近には戸隠の宝光院、中院、奥院が作られていた。

甲越合戦が川中島で始まるとその戦禍は戸隠にも及び、攻め込んできた信玄の命令で戸隠の僧坊が謙信を呪詛する祈祷を行った。これを聞きつけた謙信は怒り狂い戸隠三院と周辺全ての焼き討ちを命じたという。

このことを知った戸隠三院の僧坊三十八坊七十八人は、永禄七年(1564年)に武田方の武将であった大日方氏を頼って戸隠が望める小川庄の筏ヶ峰に避難した。そしてそこに戸隠とそっくりの僧坊と伽藍を建て、30年間の信仰生活を送った。戦国時代は戸隠信仰の受難の時代でもあったのである。
(戦国時代の終わりに上杉景勝によって戸隠三院と周辺の伽藍や僧坊は復興されたという)

今回はパスしたので写真はありませんが、興味のある方は聖地巡礼に是非訪れてみてください。

意外と本家本元の三院よりもパワースポットの効果絶大かもしれません(笑)

立屋城(小川村) (61)口留番所付近からの景色。

僧坊を庇護して戸隠信仰を陰で支え続けた大日方氏。ありがたい功績でございます。

≪立屋城≫ (たてやじょう)

標高:806.7m 比高:17m(番所跡より)
築城年代:不明
築城・居住者:立屋氏、古池氏、大日方氏
場所:上水内郡小川村表立屋
攻城日:2013年10月14日 
お勧め度:★★★☆☆  
城跡までの所要時間:5分
駐車場:付近の展望台に駐車場あり
見どころ:土塁、三日月堀など
注意事項:特に無し
参考文献:「図解山城探訪第十一集 水内資料編 宮坂武男著」「小川村誌」
付近の城址:中野城、荻野城
Special Thanks:ていぴす様

立屋城遠景古山城付近から見た遠景。
















スポンサーサイト

Posted on 2013/10/26 Sat. 12:56 [edit]

CM: 2
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top