らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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立屋の城峯砦 (北安曇郡小谷村千国乙立屋)  

◆千国街道の監視砦◆

♪持て余してるFrustration you`ve got an easy day 嘘を呑み込み静かに眠ってるMAD city
そしていつでも そうComplain you`ve got an easy day 諦め顔の 良く出来た歯車のように・・♪

BOOWYの世代ではないのだが、「マリオネット」はその昔のカラオケの十八番で大好きなロックである。

なんで冒頭にこの歌詞かって?山城紀行のトップシーズンだってのに何処へも行けずに約3週間。フラストレーションは溜まるし不満(Complain)もピークって訳さ!(笑)

まあ腐っても仕方無いので、今回ご案内するのは「立屋の城峯砦」(たてやのじょうみねとりで)でございます。

立屋の城峯砦 (34)場所は分かりづらいのだが、立屋のバス停を目印に道を登って行くと良い。(バス停から振り返った中央の小山が城跡)

【立地】

小谷村の千国集落の北西で親沢と黒川沢に挟まれた段丘上にある。立屋集落の北東で比高20mの小山。ここから南東200mの尾根には千国の城峯がある。姫川の上流となる白馬方面を監視出来る位置にあり黒川館への中継地点でもある。

立屋の城峯見取図
※図の左側が北になるので注意。

【城歴】

伝承、記録が無いので不明だが、千国氏関連と伝わる「千国の城峯」から移転した可能性も考えられる。
また、対岸の黒川館の物見砦とも伝わるが確証は無い。

立屋の城峯砦 (32)城域南側の切り通し。堀跡だったようだ。

立屋の城峯砦 (4)縄張りの西側は緩やかな傾斜を伴う帯郭。

【城跡】

あまり期待せずに訪問したが、しっかりとした遺構が残っているのには驚いた(汗)。切り通しを含めれば四条の堀切でキッチリ区分けされている。西側の傾斜の緩さを除けば砦として真面目に普請されている。
恐らく千国の城峯の改修を早々に諦めてこの小山に新たに縄張りしたのであろう。

立屋の城峯砦 (6)土手付きの堀切㋑。

立屋の城峯砦 (9)主郭跡にある祠。

見取図の堀切㋑と堀切㋒の間にある火の見櫓の立つ郭が主郭だと思われる。残念ながら藪茫々である。

立屋の城峯砦 (10)何が潜んでいるか分からない笹藪を歩くのは気が引ける(汗)

立屋の城峯砦 (16)堀切㋒。北側に土塁を伴う。

立屋の城峯砦 (21)郭2から主郭を見る。ていぴす様がいる場所が堀切㋒。段差を付ける事で高所からの狙い撃ちを可能にしている。

縄張りは単純だが、シンプルさのメリットを生かしている。意図的に高低差をつけているのだ。メリハリを付ける事で、防御機能は格段の違いとなる。

立屋の城峯砦 (18)郭2はきれいに整備されている(笑)

立屋の城峯砦 (26)巾も高さもある堀切㋓は砦仕様としては驚きだ。

千国氏の最初の本城はここだったのではないか?という憶測も納得出来る縄張りである。少数精鋭の兵力が立てこもるには良く計算された仕様だ。千国城峯もこの砦の一部と看做すべきであろうか。

本拠地を黒川館に移した後も、千国街道の物見または烽火台として機能していたと思われる。

≪立屋の城峯砦≫ (たてやのじょうみねとりで 金比羅山)

標高:740m 比高:20m(立屋集落より) 比高:190m(姫川より)
築城年代:不明
築城・居住者:千国氏?
場所:北安曇郡小谷村千国乙立屋
攻城日:2013年9月29日 
お勧め度:★★★☆☆  
城跡までの所要時間:5分 駐車場:立屋バス停付近の空き地に路駐。
見どころ:土塁、堀切など
注意事項:特に無し
参考文献:小谷村誌
付近の城址:黒川城、千国城、黒川館など
Special Thanks:ていぴす様

黒川館(小谷村) (47)対岸の黒川館から見た遠景。あちらこちらで狼煙を上げている(?)


Posted on 2013/11/21 Thu. 21:51 [edit]

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