らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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北ノ城 (小諸市耳取)  

◆耳取城の北の防衛ライン◆

このところ、毎年冬になると乾燥肌に悩まされている。

その昔は「水も滴るイイ男」を自称していたが、最近は「老人の枯山水」になったようである・・(笑)

ともすればミイラになりそうな勢いなので、そろそろ保湿クリームの御厄介になるとしようか・・(爆)

岡崎酒造①
上田の北国街道シリーズ「岡崎酒造」。確か現役の杜氏&美人社長のマネジメントで全国区の人気の蔵元だとか。


んで、「小諸なる古城シリーズ」の校了を模索しているのですが、終わりそうもないし・・・。

ここ数年、冬になるとハマっている軽井沢・御代田・佐久のドツボから抜け出せるのはイツになるのやら・・・(汗)

今回ご紹介するのは耳取城関連の「北ノ城」(きたのじょう)

北ノ城(小諸市)見取図①

【立地】

耳取城の北で繰矢川の右岸の台地上にあり、左岸は塩川城、南に硲城が隣接している。
千曲川の流域を佐久から小諸に抜ける古道の要衝をおさえる位置にある。

北ノ城(小諸市) (32)

城域の区分として堀切はあったと見るべきであろうか。想像の域を出ないのは確かだ。

北ノ城(小諸市) (2)
県道からあぜ道を登ると城跡。現在は広大な果樹園で郭1は竹藪となり原野に戻りつつある。

【城歴】

全く詳細不明の城で、「定本 佐久の城」の記述では「耳取城の北の見張りと推定される古い形式の城」としている。
隣接する塩川城(しおがわじょう)は特殊な縄張りなので同時期の築城とするのは難しいが、硲城(はざまじょう)と共に耳取地区の北側からの侵入に備えた砦だったことは想像に難くない。

北ノ城(小諸市) (9)
見取図における郭3。独立した郭で小屋掛けが可能な場所である。が、北向きで日当たりの問題が残る。

北ノ城(小諸市) (8)
北側の斜面を切岸と見るかは微妙だ・・(汗)

【城跡】

宮坂武男氏の描いた縄張りを城域として踏査してみたが、小生が郭2と記載した場所は削平されたと考えるには無理がある。往時の物見としては郭1を中心とした丘と小屋掛けらしき郭3の構成だったと考えても良さそうである。
硲城を置く事で見張りとしての北ノ城の存在価値は薄れ、籠城戦を想定した塩川城が新たに縄張りされたような気がする。(あくまでも推定の話であるが・・)

北ノ城(小諸市) (11)
郭1の西側。

北ノ城(小諸市) (12)
郭2を宿城として見るのも無理がある。

北ノ城(小諸市) (23)
城域の東側の県道78号線から見た北ノ城と硲城の位置関係。

これといった遺構がある訳でもないし標柱があるわけでもない。

見張り用の目ぼしい高台が無ければ、小さな丘でもロケーションがあれば良い訳である。

耳取大井氏の当面の敵は宗家を滅亡に追い込んだ村上さんだった訳で、北方面の監視が厳重なのは致し方ないであろう。

その後、武田さんの侵入に際して抵抗しなかったのは、志賀城の見せしめの強烈な効果が影響していると思われる。

北ノ城(小諸市) (26)
南から見た北ノ城遠景。田切地形を利用した城館はこの地域に多い。

≪北ノ城≫ (きたのじょう)

標高:676m 比高:-m  
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小諸市耳取
攻城日:2014年1月12日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:-分 駐車場:適当に路駐。
見どころ:堀切跡、田切地形など
注意事項:農耕地なので注意。
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」「定本 佐久の城」
付近の城址:耳取城、森山城、塩川城など

「北ノ城」があれば「東ノ城」がありそうだが・・その通り、実はあるのです(笑)



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Posted on 2014/01/17 Fri. 07:21 [edit]

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