らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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松岡古城 (下伊那郡高森町上市田)  

◆下伊那の名族松岡氏の初期の居館跡◆

同じ長野県には違いないが、「ちょっと飯田市まで行ってくるネ」とは中々云えない・・(笑)

同じ高速道路で移動するにしてもお隣の上越市よりも遠いのである・・(汗)

派手な合戦の無かった下伊那は取り上げられる中世城郭が少なくて劣悪な待遇だと思う。

遠くても信州人なので、少しずつでも認知度を上げて行きたいなーなんて思ってます。

松岡古城 (1)
北側から見た城域西側の堀切㋐と新井堤。

【立地】

松岡城の北西300mの間ヶ沢の台地上にある。特に見晴らしが優れている訳でもない。
松岡氏の古い居館跡か、松岡城の北の出城だった可能性は否定出来ない。

松岡古城見取図①

なんせ、この日のメインイベントは大島城と松岡城(南城も含む)だったもので、デジカメもバッテリー切れを警戒して撮影を抑えた。なのでここは7枚だけしか撮影していない体たらく・・(汗)

結局のところ、松岡城の途中でカメラのバッテリー切れになり携帯電話のカメラへ切り替えて万事休す・・(笑)

松岡古城 (2)
主郭は標柱付近で、西側の新井堤の沢とは二重堀切でガードされていたようだ。奥の杉は夫婦杉と呼ばれている。

【城主・城歴】

平安時代末期に陸奥の有力土豪だった阿倍貞任(あべのさだとう)が前九年の役(1051)で源頼頼義に敗れ、その二男である仙千代が乳母と共に漂泊し辿り着いたのがこの牛牧の地であり、やがて成人となり地元の信頼を得るに至り市田郷の領主となったという。

この仙千代が松岡氏の始祖で松岡城構築前に居館を構えたのがこの古城だと云われている。

松岡古城 (4)
雲龍院殿と呼ばれる墓所は松岡氏の奥方の墓だと伝わるが、何代目の奥さまなのかは不明らしい。

【城跡】

新井堤は堀形もしっかり残り居館の南西方面を守っていた事が確認出来る。
城域の東側は田切地形で往時は泥田か沼地だった可能性もあり、そうしてみると中々要害の地だったようだ。
ただ、城域の北側が何処で終点だったのかはイマイチわからない。

松岡古城 (5)
段差を堀切と見るのか微妙な堀切㋒。(北側から撮影)

松岡古城 (7)
城域の東側は田切を利用しているが、北限が分からない。

松岡氏の最初の居館だったかは分からないが、古い形式の館城のようである。

≪松岡古城≫ (まつおかふるじょう 城原)

標高:584m 比高:10m  
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:下伊那郡高森町上市田
攻城日:2013年2月10日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:-分 駐車場:無し、適当に路駐。
見どころ:堀切、城原の杉(夫婦杉)
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃の山城と館⑥諏訪・下伊那編 宮坂武男著」
付近の城址:次郎城、松岡城、松岡南城、大下砦など
Special thanks:ていぴす殿


松岡古城 (6)
城域の中心付近には高さ22mの夫婦杉。二本の杉が合体して一本になったとか。枯れずに長生きして欲しいものですネ。



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Posted on 2014/01/24 Fri. 07:34 [edit]

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