らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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福井城 (上高井郡高山村牧)  

◆上州との往還を押えた巨大な館城◆

高山村といっても、長野県のどの当たりかピンと来る人は少ないだろう。

小生の一族に至っては「飛騨高山でしょう?」などと厚顔真顔で答えるから手に負えない・・(笑)

志賀高原やお猿の温泉で有名な山内町の南側で、オカマ湯釜が名物の群馬県白根山の西側と教えたら、だいたいの位置がお分かりになるでしょう。草津温泉はその白根山の東山麓です、ハイ。

雷滝(高山村)
山田温泉の近くの名勝「雷滝(かみなりたき)」轟音と共に放たれる落差30mの滝は圧巻である。(2010年9月撮影)

場所からしてあまり戦国時代と関係無さそうに思えるが、甲越戦争(武田軍VS上杉軍)の終盤では、上杉謙信の北信濃の最後の拠点である飯山城を巡り一進一退の激戦が繰り広げられた場所なのだ。

今回ご紹介するのは「甕割り柴田権六」の越前福井城ではなく、高山村の福井城。

どなた様もお間違えの無いようにご乗車愛読願います・・・(爆)

福井城(上水内郡高山村) (50)
こんな場所に何かあるの?というぐらいに思えるどこにでもある風景。

「おっ、こんな場所に説明板が立ててあるゾ!」

危うく見落としそうになったが、この場所こそが驚愕の巨大な居館城だったのである(汗)

福井城見取図①
小生の見取図は基本的に上が北なので方角の記号は入れておりません。悪しからず。


【立地】

高山村の南東部、大平山(824m)から流れる北側の柞沢川(たらさわがわ)と南側の樋沢川に挟まれた台地が福井原である。松川の谷から1.5kmほど入った所で、開拓地に接し柞沢川に面した崖地を利用して福井城がある。
字名の「屋地」は湿地を表す言葉で、北下には湧水があり水田が造られている。また、城跡の近くを上州へ抜ける毛無道が通っていた。(上州との境には毛無峠がある)

福井城(上水内郡高山村) (1)
高山村教育委員会の説明板。合併前の牧村村誌の記述が記載されていた。背後に堀がある。

福井城(上水内郡高山村) (7)
郭2と郭3の間の堀。しっかり残っている。驚いた。

福井城(上水内郡高山村) (10)
郭3の北側の横堀。土壌がかなりフカフカしているので土木工事はさほど大変ではなかったかと思うが。


【城主・城歴】

「長野県町村誌」によると、福井城は「東西百二十間(216m)、南北五十間(90m)、面積二町歩、本村(牧村)中央部より、辰(南東)の九分にあり。天文年間、須田氏幕下、牧伊賀守之に居る。永禄二年(1559)二月、武田晴信(信玄)、須田満親が居城を襲討す。(大岩城のことか?)満親防ぐ能はず越後へ走り、上杉の幕下となる。伊賀守之に従ふ。後廃城となる。城跡に長さ五間、幅九尺の石あり。上手山より牧伊賀守持ち来ると云う。又城跡に清泉湧き出す、福井といふ。水質清冷、晴爾にても増減なし」とある。

福井城(上水内郡高山村) (11)
郭3。鬱蒼とした杉林だが、往時は家臣の屋敷があったのだろうか?

福井城(上水内郡高山村) (12)
横堀の造成で排出された土砂は北側に積まれるので土塁が形成される。合理的な防御構造となる。(写真は郭2じゃなくて郭3の誤りゴメンナサイ・・・ボケ!マジメにやらんかい!アホ!)

この奥まった所に城を構えたということは、安全地帯ということもあろうが、須坂の豊丘地区、あるいは毛無峠の先までも意識した立地で、牧氏退散後も上州との関連で使われたものと思われる。

永禄五年(1562)、上州吾妻渓谷の羽尾氏が鎌原氏に襲われて、万座道伝いに高井野に逃れた事件があったが、その頃に、上州との往来が万座峠、毛無峠を通じて多かった事が想像出来る。福井城(上水内郡高山村) (17)


福井城(上水内郡高山村) (145)

福井城(上水内郡高山村) (16)
郭4の南側は総延長160mの堀で囲まれている。この堀を探索する冒険野郎(別名;川口探検隊)にはなれなかったのである・・・(汗)


【城跡】

主郭は上巾7~8mの堀に囲まれた郭1で、虎口は南辺中央と南西隅、北東隅であろうか。広さは46m×43m位の方形で南東の隅に櫓台がある。
主郭の西に郭2、郭3が連接し、その南側に広大な郭4がある。3の南側は現在畑でどうなっているか不明。郭1の東側の堀の外に虎口空間のような造りがある。福井と呼ばれる泉は水源のところであろうか。巨石は今は見当たらない。江戸期にも開墾されたという。

福井城(上水内郡高山村) (17)
城域最大の敷地面積を誇る郭4。笹竹の藪は以前に蛇を踏んで襲われてからトラウマになり、入れない・・(涙)

福井城(上水内郡高山村) (20)
郭2の南側と林道の間は「堀じゃない」けど「堀だった可能性」は否定できないが、定かではない。

福井城(上水内郡高山村) (23)
郭2と郭1の間の堀。

この城を見て思う事は、在地土豪の館城としては大きい事と、上州地方の城によく似た構成をしていることである。
前期上州での争乱に関連した時期にその影響を受けて強化されたのではないだろうか。それにしても比較的によく残った貴重な遺構といえよう。

福井城(上水内郡高山村) (30)
南東隅の部分には櫓台跡らしき土塁があるというが、現地を見ても納得出来なかった。

福井城(上水内郡高山村) (32)
郭1の内部。「やあ、」ってクーさんが出てきそうで怖かった(汗)

福井城(上水内郡高山村) (34)
郭1の東側の堀。箱掘りになっている。

福井城(上水内郡高山村) (38)
福井と呼ばれる配水池。湧水とはここを指しているのだと宮坂センセはノタマウが・・・。

なんだかんだ言っても、結局城跡の堀切を辿って周回しちゃう習慣(笑)

クーさんが来ても「悪いが、他をあたってもらえませんかあー」(日本語通じないのに?・・笑)

福井城(上水内郡高山村) (46)
郭1の北側の横堀。


【らんまる考察】

佐久や小諸の巨大な館城とも違う造りで、信濃の居館城とは異質な感じを受ける。
日滝大岩系須田氏が、ひょっとすると上州への進出を目論んでいたように思える強大な館城である。

寺も神社も勧進されなかったこの城跡には他に何か秘密がありそうである。

ここを拠点に上州上野国へ攻め込もうとしていた景勝さんの野望があったのだろうか・・。

が、しかし、こんな山奥にこんなドデカイ館城があるとは驚きであった・・・・・。


≪福井城≫ (ふくいじょう)

標高:827m 比高:15m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:上高井郡高山村牧
攻城日:2014年4月13日 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:-分 駐車場:路駐
見どころ:堀切、土塁など
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃の山城と館⑧水内・高井編⑧ 宮坂武男著」
付近の城址:高原城

福井城(上水内郡高山村) (52)
対岸の北側の奥山田から見た福井城。台地上の要害の地であることが分かる。















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Posted on 2014/04/29 Tue. 22:45 [edit]

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