らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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魏石鬼八面大王伝説のふるさと  

◆勇気と優しさを秘めた安曇野の雄が眠る場所◆

お気に入りの映画ベスト5は?と聞かれれば、黒沢明監督の「夢」は間違いなく入る。それほど好きなのである。

「夢」は1990年に公開された日米合作の映画で、「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨士」「鬼哭」「水車のある村」の8話からなるオムニバス形式。黒澤明自身が見た夢を元にしているという。

この映画の最終話の「水車のある村」は、長野県安曇野市にある「大王わさび農場」で撮影された。

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すっかり風景に溶け込んでいる水車小屋なので、昔からこの場所にあったと思われる方も多いようだが、実は撮影の為にわざわざ建てたロケ用のセットの名残りである。さすが世界のクロサワである・・(汗)

笠智衆が演じる老人が、水車小屋の前で「私(寺尾聰)」と交わす長閑な会話が風景とマッチする場面は何度見てもイイ。

未だ観た事が無いとそこの貴女(貴方)! 日本人で良かったと思えるお勧めの傑作なので是非ご鑑賞下さい!(笑)

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冷たく清らかな北アルプスの湧き水が巡る広大な「わさび畑」。開園は大正十六年(1917年)

「大王わさび農場」とは変わったネーミングであるが、その名は「魏石鬼八面大王(ぎしきはちめんだいおう)」の伝説から来ていると云う。

【魏石鬼八面大王】 (ぎしきはちめんだいおう)

その昔、全国統一を目指した大和朝廷が、信濃の国を足がかりに東北侵略を進めていました。
この地の住民たちは、朝廷軍に沢山の貢物(みつぎもの)や、無理難題を押し付けられて大変苦しんでいました。

安曇野の里に住んでいた魏石鬼八面大王は、そんな住民を見るに見かねてたちあがり、坂上田村麻呂の率いる軍と戦い続けました。
多勢を相手に引けをとることなく戦った大王でしたが、山鳥の尾羽で作った矢にあたり、とうとう倒れてしまいました。
大王があまりに強かったため、息を吹き返すことを恐れた朝廷軍は、大王の体をいくつかの場所に埋めました。
胴体が埋められたという塚が農場の中にあったことから、この地は大王農場と名づけられ、その塚は後に大王神社として祀られています。

魏石鬼八面大王は、大王農場の守護神であり、安曇野を守って勇士でもあります。
大王の強靭でありながら、人を愛するあたたかな心は、ここを訪れた人にきっと伝わっていくことでしょう。

※大王わさび農場にある説明板より

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大王の家来たち。

実は、この伝説も先日ご紹介した「鬼女紅葉伝説」と同じように、当初は「坂上田村麻呂の鬼退治」という武勇伝が「中央政権に対する地方の反乱」という脚本にすり替わっている。

魏石鬼八面大王は地元のヒーローであり、過酷な年貢徴収を行う朝廷の手先である坂上田村麻呂は完全にヒール(敵役)だ。

猟奇殺人の如く死体をバラバラにするのは、死者の復活による報復を恐れる首狩り民族の特徴であろう。

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湧き水の水温は平均13℃。この農場の面積は東京ドーム11個分だという。(約15ha)

魏石鬼八面大王の反乱は制圧されるが、その復讐は1400年の大塔合戦で成し遂げられた。

中央政権である室町幕府から任命された信濃の国の守護である小笠原長秀の圧政に対して、信濃の国人連合が戦いを挑み勝利したのである。

だが、結果的にこの勝利で信濃の国は「烏合の衆」から脱却できず、武田信玄に蹂躙されると云う屈辱の歴史に耐える日々を送ることになった。

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農場内に祭られている大王神社。

大王の墳墓として古墳の石室のような写真を公開しているブログも多数あるようだが、真相はいかに。

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笠智衆さんがひょっこり声をかけてくれそうな幻想的な水車の風景である。

信州においては、「鬼はいつだってか弱い庶民の味方」だったのだ。

慌ただしい毎日に疲れたら、大王わさび農場に寄ってみてくださいませ。



ってか、本日、とあるミュージシャンのPVを発見しましたあ。その名もズバリ「レキシ」・・・・

運命の出逢いかしら・・(笑)  歴史と音楽の融合・・素敵です

Posted on 2014/06/19 Thu. 23:52 [edit]

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