らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0923

箱山城 (中野市中野・山ノ内町戸狩)  

◆そこに城跡が待っているというのなら行くしかあるまい◆

昨日から「そっと」山城攻めを再開してみた。(笑) その前から行ってるじゃん!というご指摘もあるが、散歩程度の足慣らしである。

5年前の「登っただけ」の城を端から端まで歩いて廻り、実に素晴らしい宿城だった事を思い知らされた。やはり、城は可能な限り二度三度と訪れてみないと、築城者の意図が見えてこないと実感した次第。そのリテイク記事はまたの機会に・・。

内山城2 (119)
今じゃコスモス街道として有名な佐久市の内山街道。城攻めの疲れを癒すにはもったいない程の景色であった。

今回ご紹介するのは、北信濃の豪族「高梨氏の城館シリーズ」再開記念第一弾の箱山城である。

箱山城(中野市・山ノ内町) (1)
県史跡の高梨居館跡から見た箱山城。

【立地】

中野市街地の東、鴨ヶ岳城(大平山)の北側の箱山峠の北に聳立する山が箱山である。「長野県町村誌」には鴨ヶ岳城古跡絵図」の中に箱山峠の道に続いて斥候古跡と描かれている。
雲井岳より北へ延びる山嶺が夜間瀬川(よまぜがわ)で終わる所にあり、山体が旧で独立峰のような山であるために、ここからの眺望は優れていて、高井地方の展望台の観がある。  (図解山城探訪 高井編 宮坂武男氏の記述より引用)

箱山城(中野市)
峠の監視砦としての機能なので、この程度の縄張りで充分であろう。

【登り口について】

①鴨ヶ岳城からの縦走(車2台または単独なら車+チャリ)
・尾根続きなので一番分かり易い方法であるが、2台の車を使うデポジット方式でないと大変な距離を歩いて戻る事になる。この場合、箱山峠のトンネルの東側(山ノ内町側)の道路沿いにもう一台を駐車させればOK。(チャリでも可)

②オーソドックスな単独攻め
・楽に登れそうな場所を探して周辺を周回するが道も無さそうなので、道路脇に適当に車を捨てて斜度の赦そうな山ノ内町側の箱山峠(車道トンネルの上部)を目指して適当に登る。峠の上まで農道はあるが、廃れてしまい軽の四駆でも入れない。あとは稜線沿いに登山道があるし虎ロープもあるので問題ない。北尾根の栗和田から浅間社を通るルートも下見したが道がはっきりしないので止めた方が良い。

箱山城(中野市・山ノ内町) (109)
道無き道を掻き分けて進むのは慣れましたが、生傷が絶える事は無い・・・(笑)

箱山城(中野市・山ノ内町) (108)
構成するパーツとパーツの距離が長い。バイパスが長いのは苦手だが、ここまで来たら逃げられない・・(汗)

城攻めも600を越えたあたりから、だんだんと苦痛になってきた。

「楽して登れないものだろうか・・・」  まあ、そんな場所に作ったら簡単に攻め落とされてしまうではないか!(笑)

箱山城(中野市・山ノ内町) (5)
郭4から見た南方面(中野市・小布施町)

【城主・城歴】

高梨氏が小布施から中野へ進出していく過程で、詰め城である鴨ヶ岳城の支城として整備され夜間瀬氏(よまぜ)の境となる箱山峠を監視したものであろうか。
武田の侵略により高梨氏が中野を退去し上杉領へ落ち延びた後は、武田方に降った夜間瀬氏、小島氏、市河氏によって烽火台として使われたかもしれないし、武田滅亡後の天正壬午の乱においては上杉軍が川中島四郡の制圧の過程で手を入れた可能性もあるかもしれない。

箱山城(中野市・山ノ内町) (15)
郭3から数時間前に滞在していた鴨ヶ岳城を望む。鉦や銅鑼を鳴らしても充分に聞こえる距離だ。

【城跡】

郭3までは楽勝ペースだったが、ここからが急峻となる。近年までトレッキングコースとして整備されていたようで虎ロープが張られているので助かった。主郭は峯のピークで695m。そこから各尾根のコブを堡塁として加工が施されている。
加工度は低いが、これだけの険しい岩場の独立峰であれば、余計な造作も不要だったと思われる。

箱山城(中野市・山ノ内町) (17)
急斜面を這うように登る。ロープの助けが無ければかなり困難な攻城戦になるところだった。

●郭2
・33×7の長方形の平場で、先端には数段の段郭を備えている。

箱山城(中野市・山ノ内町) (22)
郭2.

箱山城(中野市・山ノ内町) (20)
西の尾根先は段郭で加工している。

●主郭
・広さは20m×13ほどの台形で、三方の尾根に対して堀切で遮断している。北側に低い土塁が確認出来るので、往時は全周していたかもしれない。御岳社・浅間神社・霊神碑が建立され、天水溜のような穴も確認出来る。

箱山城(中野市・山ノ内町) (23)
郭2からは結構な急斜面をよじ登る感じだ。

箱山城(中野市・山ノ内町) (25)
堀切㋐(上巾9m)

箱山城(中野市・山ノ内町) (98)
郭1から見下ろした堀切㋐。広さよりも落差を重視した厳しい備えだ。

箱山城(中野市・山ノ内町) (33)
主郭。ビニールシートとスコップが放置されているので、年一回は手入れされているようだ。

箱山城(中野市・山ノ内町) (35)
本城の鴨ヶ岳城の死角を補う素晴らしいロケーションである。

箱山城(中野市・山ノ内町) (91)
主郭の一段下に平削されたところがあり、その左右に堀切跡(堀切㋒)が確認出来る。この先は50mほど下ると浅間社

箱山城(中野市・山ノ内町) (96)
切り立った崖の上が主郭。

●堀切㋑と郭6・7
・主郭から東尾根方面は比較的に傾斜が緩く天然の岩場を加工して郭を連続させている。

箱山城(中野市・山ノ内町) (43)
主郭から堀切㋑を見下ろす。

箱山城(中野市・山ノ内町) (50)
郭6。天然の岩石がディフェンスを作っている。

箱山城(中野市・山ノ内町) (53)
郭7(15×6)

●東端の堡塁「郭8」
・岩場の険しい一本道を進むと堀切㋓を介して東の堡塁8へ着く。ここからは山ノ内町方面の動向が手に取るように分かる。高梨時代には大いに活用されたのであろう。

箱山城(中野市・山ノ内町) (55)
何が楽しくてこんなヤバイ場所を通らねばならないのか・・(汗)

箱山城(中野市・山ノ内町) (59)
堀切なんて作らなくても充分防御になると思うが・・

箱山城(中野市・山ノ内町) (65)
郭8(17×17)

ひたすら岩場を歩いてきたご褒美はそのロケーションであろう。
別に戦国時代じゃなくても、信州は美しいと再確認出来る瞬間である。

箱山城(中野市・山ノ内町) (72)
湯田中温泉郷。そしてその奥は志賀高原に続く。

箱山城(中野市・山ノ内町) (69)
登り口の箱山峠が見える。あそこまで帰るのかと思うとゲッソリする・・・(笑)

箱山城(中野市・山ノ内町) (75)
東尾根を遮断する堀切㋔。主郭北側の堀切㋒と同じように郭+堀切という構造だ。

中野地方と山ノ内町を眼下に抑える要衝の地である。支脈の堡塁を生かした独立峯の砦としては加工度は低いながらも少数の兵力で充分守りきれる仕様に仕上がっている。
キチンと遺構も残っているので、大事に後世に伝えたいものである。

箱山城(中野市・山ノ内町) (87)
武田軍の対上杉掃討作戦における飯山口の重要拠点となった壁田城(へきだじょう)と蓮城(はちすじょう)が見える。箱山城も烽火台として連携していたと思われる。

≪箱山城≫ (はこやまじょう)

標高:695m 比高270m(栗和田より)
築城年代:不明
築城・居住者:高梨氏など
場所:中野市中野・山ノ内町戸狩
攻城日:2014年5月3日 
見どころ:堀切、堡塁、壮大な景色など
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:トンネル付近より30分
駐車場:無し(邪魔にならないように路駐)
その他:結構急斜面なので、それなりの装備は必要。虎ロープも傷んできているので注意。
参考文献:「信濃の山城と館⑧」(宮坂武男著 2013年)
付近の城跡:鴨ヶ岳城、高梨居館、鎌ヶ岳城、菅の山城など

鴨ヶ岳城・鎌ヶ岳城(中野市) (218)
南側の山ノ内町佐野付近から見た遠景。実は標高は箱山城のが7m高いのだ。(リンゴ畑でよく見えない・・汗)
















Posted on 2014/09/23 Tue. 11:16 [edit]

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