らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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間山館 (中野市間山津島)  

◆中野小館に引っ越す前の高梨氏の本拠地◆

台風よりも寒冷前線に一度お出まし頂き、広葉樹の葉っぱを片っ端から落として頂きたいと願っております。

もちろん農作物に影響の無いように、さりげなくササッと・・・・(笑)

今回ご紹介するのは「ここら辺にあったのだろう」と云われている高梨氏の拠点の間山館(まやまやかた)。

間山館(中野市) (5)
石動社と見間違えた「間山の双立道祖神像」(中野市指定有形文化財)。


【道祖神】(どうそじん)

信州の田舎暮らしでは「道祖神祭り」なるイベントが集落単位で行われる。同じ長野県でも地方によって習わしが違う。
そもそも道祖神とは、一般的には「道の神」あるいは「旅の神」と考えられているが、村の入口や峠に祀られている事から「境を守る神」または「悪魔や疫病神を追い払う神」(村に入れないようにする)とも伝わる。

双立道祖神(そうりつどうそじん)は信州に多く見られる、いわゆるバカップル仲良き夫婦の像を彫ったものである。微笑ましい立像からエロスの極限まで表現された立像まで多彩な表現がありまさに民衆美術の先駈であろう。

間山館(中野市) (6)
間山の双立道祖神は、オカンがひょうたんの徳利、オトンが杯を持つ愛らしき夫婦像である。


【間山館の立地】

信州が生んだ偉大な作曲家の中山晋平記念館の南東400mの旧日野村の間山集落で、津島公会堂の横にある「石動社」(いするぎしゃ)の近くに「石動の館」(いするぎのやかた 間山館)と呼ばれる居館があったとされるが、場所は特定されていない。
古くから交通の要衝にあたり、北国往還の間山峠や大熊峠の北側を抑えるにはピンポイントである。

間山館周辺の城砦群
間山館を囲むように城砦群が展開する。

【城主・城歴】

井上氏の一族から派生した高梨氏は、須坂の高梨から拠点を「くぬぎ原」(現在の小布施町都住付近)に移し、高梨政盛の代の文明十八年(1486)までは拠点としていた事が「諏訪御符札之古書」の記録に残っている。(現実にはもうしばらく在住していたという)
しかし、その前に一時期前山(間山)にいたことがあるようで、近世文書(白井ちか氏所蔵)中に「政盛の軍は牛頭天王の社前で戦捷を祝し、それから間山の館へ帰る、石動(いするぎ)の構えなり」とあり、現に間山の津山地籍に石動神社が残っている。(長森原の戦いで関東管領の上杉顕定を討ち取った時の戦勝祝い)

間山館周辺図
津山集落と石動の社。この辺に居館があったらしいが、場所は特定されていない。

間山の背後は険しい産がkが連なり、両側も馬蹄形に山で囲まれた天然の要害をなし、その間に間山城や小曽崖城(新野)を配置し、更に峠道によって山田や菅へ通じる交通の要所となっている。
しかし、中野扇状地や小布施方面を一望に収める事が出来ない山間地であったので、領域支配の中心としては好条件といえず、何らかの事情により暫定的な本拠地とされたのであろう。
それは文明年間まで高梨本郷がくぬぎ原に置かれていたことからも推測される。

間山館(中野市) (16)
集会所の脇には今も石動の社(いするぎ)が残る。

間山館(中野市) (13)
若干の段差があるだけで、居館の面影など何処にも無い。

高梨家の中興の祖と云われる高梨政盛は、越後守護城代の長尾為景と縁戚関係を結び越後にも所領を持ち、維谷城を中心として関東管領や越後守護との抗争に突入し北信濃の豪族も巻き込む事態となった。
※この時代の仁義なき戦いは知識がとても欠乏しているので、そのうちチャンと整理してお伝えしたい・・(汗)

間山館(中野市) (17)
間山館の西側の小曽崖城(おそがいじょう)。この城の麓に中山晋平記念館がある。

間山館(中野市) (20)
背後を山に守られた要害の地である。

間山館(中野市) (22)
謎のベールに包まれた真山城はここにあったのだ。

間山館は一時的な本拠地であり、高梨政盛は中野氏を滅ぼすと居館を中野小館に移している。
※一説には政盛の後継者である澄頼の代とも伝わる。

間山館(中野市) (24)
間山館の北東を守る尾根の砦二ヶ所。

ここから虎視眈々と中野氏の所領に対する侵攻準備を着々と進めていたのだと思われる。
小豪族が外敵から身を守るには最適の要害であるが、中野扇状地を見渡すには中途半端な場所で、所領の全体を掌握出来ない。

関東管領を斃した政盛の武勇は全国に知られる事となり一躍時の人とはなったものの、戦国大名への道を歩むには絶対的な何かが足りなかったようである。

間山館(中野市) (26)
間山館付近から見た中野市方面。


≪間山館≫ (まやまやかた 石動の館)

標高:400m 比高:-
築城年代:不明
築城・居住者:高梨氏
場所:中野市間山
攻城日:2014年5月11日 
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:-分 駐車場:無し
見どころ:-
付近の城跡:真山城、小曽崖城など
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃高梨一族」(平成19年 志村平治著)、「信濃の山城と館⑧」(平成13年8月 宮坂武男著)、「中野市誌 歴史編」(昭和56年 湯本軍一)

間山館(中野市) (31)
近くにある中山晋平記念館。(奥の山峰が小曽崖城)

「カチューシャの唄」は知らなくても、心温まる童謡の数々はは知っている。が、「東京音頭」が彼の作曲だとは晴天の霹靂であった・・・(汗)










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Posted on 2014/10/12 Sun. 07:51 [edit]

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