らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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北郷本城 (長野市浅川北郷)  

◆「逃げ弾正」と呼ばれた高坂昌信が普請したと伝わるVS上杉防衛ラインの砦◆

毎回長野県各地を放浪していていつも思う事がある。

「こんな趣味持たなきゃ、長野県にもこのような場所があるとは知らずに一生を終わったんだろうなあー」って。

信州の山城シリーズがいつ終わるのか定かではないが、その時には信州の市町村は全箇所制覇になるのであろう。
それはそれで凄い事なんだろうが、いつになるやら・・・・(笑)

北郷本城・古城 (90)
長野市浅川の北郷の集落。ここから西へ約3kmで飯綱高原に辿り着く。(北郷本城入口からズーム5倍で撮影)
今回ご紹介するのは、長野市と飯綱町の境に近く、飯縄山の裾野を削る北浅川の深き渓谷の脇に位置する北郷本城(きたごうほんじょう)。

WEB初公開という言葉に弱い山城ブロガーが多いようだが、「俺の屍を越えて、もっといい記事を書いてくれ!」と思うようにしてるし、諸先輩方が既に書かれている城なら「違うアプローチで書いてみるゾ」という気構えだけは立派だと自負しております・・(笑)

【立地】

長野市街地から飯綱高原・戸隠高原へアクセスするメイン道路の県道506号線(通称:浅川ループライン)の飯綱トンネルの西出口に位置する。飯綱高原の丸池・大池を源流とする北浅川が城の北から東へと深い渓谷を流れ、西の鞍部を除く斜面は急で人を寄せ付けない。渓谷を挟んだ北側になる北郷集落とは標高はほとんど変わらないが、善光寺平の背後を見張る砦としては要衝に位置している。

北郷本城・古城 (95)
なんか凄いところへ来ちゃったなあ・・・(汗)

北郷本城・古城 (89)
飯綱トンネルを抜けて800m先を林道方面へ左折。(普通車は曲がれない狭さなので手前で適当に乗り捨てるしかない)

北郷本城・古城 (87)
林道を5分ほど歩くと正面に見える森が城跡への入口の尾根先。最初は藪だが踏み跡はチャンと付いている。

【城主・城歴】

「長野県町村誌」には「築城・廃棄・年暦・事蹟不詳。里傳高坂弾正忠昌宣(昌信)氏の築く所なりという」として、これを「本城墟」と言っている。同じ北郷の「古城」も同様の伝承があるので、武田氏の海津城将高坂氏の支配のもとにあった事が考えられる。甲越紛争の際に間道を経由して侵入してくる上杉軍への備えとして築かれた可能性が考えられる。

北郷本城見取図①
長い竪掘を多用し武者隠しのような土塁の使い方は規模は小さいものの、「武田か?」って感じ。

【城跡】

連郭式の縄張りで、防御の指向性(どの方面の敵に備えたか)は、五条の竪掘を配した北側と尾根傾斜の緩い西側である。尾根を断ち切る堀切は二条しかなく、豪快な主郭背後の二重堀切を普請する無駄な労力も省いた省エネ設計だ。

●主郭・郭2

郭1(主郭)は18×14で城域の最高地点にある(標高748m)。北側にL字で低い土塁が築かれ、接続する郭2とは段差を付けて区分しているが、平削がかなり雑な事から築城自体が急ごしらえだったのかもしれない。

北郷本城・古城 (34)
主郭から郭2方向を撮影。

北郷本城・古城 (40)
主郭の北側の縁の土塁。

北郷本城・古城 (52)
郭2の南側。笹藪に覆われた緩い傾斜で切岸との判別がかなり難しい。

●搦め手

郭2から南東に降る尾根に一条の堀切と段郭がある。城域の東方面は傾斜もきつく独立峰に近い地形なので防御構造は不要と見たのかもしれない。北東尾根には何の細工もないので、ここを搦め手とみれるようである。

北郷本城・古城 (54)
搦め手の堀形と土塁。

北郷本城・古城 (55)
搦め手の段郭。

●北東尾根とその周辺

郭2の東側の段下に段郭を置いている。主郭に入るには郭3との帯郭に入り北側斜面を経由しないと入れない仕組みになっている。

北郷本城・古城 (59)

宮坂武男氏は、郭2と段郭の切岸に三条の畝状の堀を認めているが、小生にはかどーしても確認する事が出来なかった。凡人には見えないのだろうか・・(汗)

北郷本城・古城 (67)
かなり埋もれてるが、北側の段郭に接続する堀切㋗。

北郷本城・古城 (68)
北側斜面の連絡路と切岸。

北郷本城・古城 (69)
獣道のように見えるが、本郭への通路である。

●主郭と郭3の間の帯郭とその周辺

郭3の周辺はこの城の防御構造の最終ラインと見て取れる。敵が登れないように入念に削られた切岸、少人数で守れるように工夫された帯郭、横移動を遮蔽する土塁の構築。

北郷本城・古城 (77)
西尾根の帯郭。中央に土塁を置いて仕切っている。

北郷本城・古城 (29)
主郭への切岸。圧巻の斜度と加工度の高さは賞讃に価するものであろう。

北郷本城・古城 (26)
この城の心臓部である郭3の上の帯郭。ここを通過しないと城の主要部には入れない構造なのである。

北郷本城・古城 (31)
主郭の切岸の斜面から撮影した帯郭。

北郷本城・古城 (24)
この城域で一番ロングな竪掘㋓。

●郭3、郭4とその周辺

ユニークなのが郭4のL字土塁。伏兵を隠す目的なのかは不明だが、攻城兵からは全く見えない独特の防御構造である。土塁の内側が土石の採土の為に極端に凹んでいるので「天水溜めか?」と思わせるが、ここでイッキに敵を殲滅しようとする意図が感じられる。

北郷本城・古城 (3)
西尾根から見た郭4.

北郷本城・古城 (9)
堀切㋒。

北郷本城・古城 (12)
郭3.

【所感】

執念深い上杉さんがいつ何時攻め込んでくるのか皆目見当もつかない善光寺平において、武田さんの守備部隊は万が一を常に想定していたのかもしれません。戸隠神社の僧坊が戦乱により小川村に退避した史実があれば北郷も巻き込まれる可能性は否定出来なかったと思われます。

信玄の寵愛を受けていた「高坂逃げ弾正忠」の築きし城と伝わる北郷本城は、逃げずとも充分戦える境目の城でございました。

北郷本城・古城 (82)
郭4と郭3との間にある小山。何の変哲もない地山のようだが。

≪北郷本城≫ (きたごうほんじょう 城山 向山)

標高:748m 比高:140m  
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:長野市浅川北郷
攻城日:2014年11月16日
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:20分 駐車場:無し
見どころ:堀切、郭、土塁
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃の山城と館② 更埴・長野編 宮坂武男著」
付近の城址:本郷古城

北郷本城・古城 (98)
北郷集落の南側より見た北郷本城全景。








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Posted on 2014/11/22 Sat. 23:19 [edit]

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