らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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飯縄山城 (小県郡青木村当郷)  

◆理解不能な山頂の城館跡◆

とうとう上田市にも初雪が降り冬将軍の占領下となってしまった・・・。

今週末に予定していた木曾への遠征は中止。寒冷前線の撤収待ちというところである・・(汗)

そんな天気の休日は在庫処分でブログ掲載に励めば良さそうだがあまり気乗りがしないし、面倒臭い(笑)

今回ご紹介するのは、いつか登ろうと思いつつ捨て置いた飯縄山城。比高400m、片道1時間もかかるとは思いもせなんだ。

飯縄山城(青木村) (3)
大法寺の参道脇にある羅漢石造。喜怒哀楽を表したユニークな石造がたくさん置いてある。

【立地】

上田市と青木村の境に位置する飯縄山の山頂(標高932m)にある。北東3kmには小泉上の城(城山、標高933m)があり、西2kmには子壇嶺城(こまゆみじょう、標高1223m)がある。要害の地とは言い難いが、上田方面や美ヶ原まで見通せるロケーションである。

大法寺 014
「見返りの塔」と呼ばれる国宝大法寺三重塔。(2009年5月撮影)拝観料100円は安いので、是非見学をお勧めする。

城への登り口は、大法寺から東昌寺(浦野氏の菩提寺)に向かい途中の墓地からで、尾根伝いにひたすら登る。

飯縄山城(青木村) (5)
30分ほど登ると長さ約400mほどの平削された場所に出るが、後世に整地されたものらしい。

【城主・城歴】

「小県郡史」(大正11年初版、昭和48年再版)に飯縄山城として以下の記載があるが城主・城歴については不明らしい。

「飯縄山城は浦里村當郷區字東日向の飯縄山の頂にあり。本郭は方九間、北に當りて東西十一間、南北六間の郭あり、更に北して東西四間、南北九間の郭あり、此の郭は四園より九尺程窪し。東方に當りて東西五間、南北十間の郭あり、更に東して小郭二あり。南方に當りて東西七間、南北二間の腰郭あり、浦野區の地に属す西方は山勢急峻にして加工無し。西南方に下りてセンニチ平あり平の東に接して土手あり、小郭藪所あり。所傳なし。」

飯縄山城見取図①
三段の郭からなる簡単な縄張り。北の方角は図面の上方向である。

飯縄山城(青木村) (10)
大法寺から1時間かかってようやく辿り着いた郭3。

小県郡史の縄張りの記載とどうしても一致しないので、何度も読み直すと、東西南北が真逆である事に気がついた(笑)
頂上の物見場所を本郭の方九間(16×16)として考え「北」⇒「南」に読みかえると合点がゆくのだ。

飯縄山城(青木村) (41)
頂上の三角点(932m)。小県郡史では主郭としているが、平削された跡はなく、地山のままだ。

【城跡】

宮坂武男氏も「図解山城探訪」ではこの城跡の整然とした遺構に疑義を持たれている。
三段の平削地があまりにもキレイに残っているのが不自然なのだ。神社を勧進しよう整地したのではないだろうか?
(あくまで個人的な見解ですが)

飯縄山城(青木村) (44)
実はスマホの地図アプリ「やまログ」の実戦テストも兼ねていたのだが、極めて正確で驚いた!(三角点の上で撮影)

●主郭(13×7)

飯縄山城(青木村) (40)
頂上の地山から一段下がった場所にある。

飯縄山城(青木村) (37)
主郭の切岸に植樹された杉の木2本は何か知っているのだろうが、答えてくれない(笑)

●郭2

郭の西側が土手で遮断され、その先に方形の郭が二つある。

飯縄山城(青木村) (35)

飯縄山城(青木村) (34)

●郭3・郭4

城域で最も大きな削平地で、内部に仕切り土手と円筒形の盛土の痕跡がある。城跡だとすれば小屋掛けに最適である。こんなにキレイに削ってあるのはやはり疑問である。

飯縄山城(青木村) (63)
郭3

飯縄山城(青木村) (23)
郭2との切岸。

飯縄山城(青木村) (26)
郭4。

●郭5

郭4の西方の一段低い場所に長方形の郭がある。後世に作られたと思わせる完成度の高さである。

飯縄山城(青木村) (18)
耕作地の跡だろうか?

これが中世の工作物だとすれば、軍事目的ではなく居館そのものである。攻撃が想定されるであろう南尾根(大手方面?)と傾斜の緩すぎる西尾根に何の防御構造も持たない。特に物見場所である頂上は西尾根が直線で続くので遮断する必要があるのに何も無い。水の手も見当たらないし・・・・。

飯縄山城(青木村) (48)
頂上から見た西尾根。詰めの城にすには明らかに不向きな場所であることが分かる。

飯縄山城(青木村) (46)
残念ながら雑木林で視界不良。無理に倍率を上げて塩田平方面を撮影してみた(汗)

確かにこの飯縄山の南西500mの尾根先には堅固な縄張りを持つ黒丸城、そしてその支城の二場城があり、南東の尾根先には浦野城があるので、物見として山頂に砦が置かれたかもしれない。しかし比高400mのロケーションが本当に必要なのだろうか?

現在残る遺構も果たして往時のものか確証が持てない。耕作地との関連を踏まえて後究を待ちたい。

≪飯縄山城≫ (いいづなやまじょう)

標高:932m 比高400m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村当郷
攻城日:2014年11月22日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:60分
駐車場:大法寺の駐車場借用
見どころ:郭、切岸、土手など
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」「小県郡史」
注意事項:大法寺に寄って拝観料100円払って見学し、登山道を聞くと親切に教えてくれますよ。

飯縄山城(青木村) (68)
久々の比高400mは結構しんどかった。

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Posted on 2014/12/06 Sat. 11:39 [edit]

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