らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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若神子城 古城/若神子城 南城 (北杜市須玉町)  

◆僅かな遺構と雰囲気だけが残る北条氏の本陣址◆

本日はピーカンの天気だったが、昨晩は新年会で飲み過ぎたし他国へ攻め込む予定も無かったので、一日中グダグダしていた~(汗)

ツイッターを覗くと雪無き地方の城攻めを堪能されている方も多く「羨ましいなあ・・・・・・・」

んで、本日ご案内するのは前回の続きとなる若神子城の「古城(大城)」と「南城」。

若神子城(北杜市) (1)
「須玉町ふるさと公園」として整備された古城址。確かに公園だった・・・。

【古城】

立地や城歴は前回記述した若神子城 北城をご参照下さい。

ちなみに、公園の入口の看板には以下の記載がある。

若神子城は「古城」あるいは「大城」と呼ばれる遺構を中心に東に北城、湯沢の西に南城の三ヶ所からなる山城の総称である。連郭式と呼ばれる中世の古い形態を残す山城で、新羅三郎義光によって築かれたと云い伝えられている。(中略)・・

若神子城見取図

天正十年(1582)武田氏滅亡後、信州から侵攻した北条氏直の相模勢と家康が率いる徳川勢が対峙した時、古城に篭った北条勢が築構した薬研堀が主郭部から二ヶ所、発掘によって検出された。さらに主郭部の東端から厚く焦土が堆積した址が発見され、南橋からは見張り台の跡と思われる柱穴と堀方も検出された。
往時、塩の道ならぬ「のろしの道」の情報、通信拠点としての若神子城に、つるべ式狼煙台を復元し、戦国の情報伝達を今に伝え、生きた歴史教育の一助になることを願います。

若神子城(北杜市) (4)
本当に公園なんだ・・・・

若神子城(北杜市) (6)
どうしても公園なんだ・・・・・

●古城の城跡

明治年間に発生した若神子の大火の後、大量の壁土の採集の為に城跡は破壊され、現在の地形はその跡を公園したものだという。公園整備の区域外の先端部(南側)も至る所に凹凸のある地形が残され、城跡の縄張りがみえにくくなっていて、往古の遺構もとらえられない状態である。

若神子城(北杜市) (9)
公園内に保存展示されている薬研堀の跡。

町の公園化に先立って行われた発掘調査によると、尾根の中央部に虎口を伴う堀跡と柱穴群とその南に長さ約10mほどの薬研堀(やげんぼり)が検出され、この堀は公園内に芝を張って残されている。

※薬研堀(やげんぼり):断面がV字形をした漢方薬の薬種を粉砕する薬研(やげん)という道具に似ているのでその名がある。

若神子城(北杜市) (11)
長さ10m、巾1m、深さ1.2mの薬研掘?? 子供の砂遊びじゃあるまいし、こんなハンパな工事を北条と認定するか?

残念ながら、公園化された古城に当時の面影を追い求めるのは無理がある。公園の東端に再現された狼煙台も「ロード オブ ザ・リング」の最終章の狼煙連携場面を彷彿とさせるような建物で、何を根拠に設計されたのか疑問点ばかりである。

若神子城(北杜市) (19)
現在は老朽化が酷く建物内には立ち入り禁止である。

公園の南側は土塁や空堀の一部が残り、往時の雰囲気が若干感じられるが、果たしてどこまでが遺構なのか判断が出来ない。

若神子城(北杜市) (33)
狼煙台の南側の堀跡。

若神子城(北杜市) (25)
土塁を伴う削平地。

若神子城(北杜市) (28)
宿借岩は虎口だったのであろう。

若神子城(北杜市) (29)
さすがにこの石積みは後世のものかと・・・

僅か二ヶ月余りの本陣とはいえ、北条さんちの陣城の遺構が残る場所を、土石採集で失った事は無念である。
氏直さんがロケーションの良さからこの地を本陣とした事には納得出来る思いではありますが、物見遊山じゃないので、タヌキオヤジとの決戦に望む陣地としてどうかといえば・・。

若神子城(北杜市) (20)
さりとて敵陣の様子が遠望できる場所でございます。

若神子城北城 (49)
このような看板に見覚えがあろうかと・・・。

【南城】

昭和57年に無届の土砂採集工事により遺跡のほとんどが失われたという。東斜面には少なくとも一本の竪掘があり、台地上には中央に土橋を伴う空堀によって区画されたふたつの郭が工事以前に確認されている。(定本山梨の城)

若神子城南城 (3)
今は法徳寺という宗教法人が建つ。

●南城の城跡

かつてあった標柱すらも残らず、ただただお寺さんである。
失われたものは戻らないが、残念な仕打ちをしたものである。

若神子南城①
東側に残る土手跡。ここに標柱があったというが、何も確認出来なかった(汗)

若神子城南城 (6)
ロケーションの良さは最高である。

若神子城南城 (7)
500年前も富士山が事の顛末を見ていたのであろうか。

御坂峠に前代未聞の巨大城郭を築城し若神子城に本陣を置き、戦局を圧倒的に有利にすすめたはずの北条さん、どこで歯車が狂ったのでしょうか・・。
少しずつ解明していけたら・・なんて思ってます。


≪若神子城 古城/南城≫ (わかみこじょう こじょう みなみじょう)

古城 標高:613m 比高:68m 南城 標高:610m 比高:90m
築城年代:不明 改修年代:天正十年
築城・居住者:新羅義光・義清 武田氏 北条氏直
場所:山梨県北杜市須玉町
攻城日:2015年1月11日 
お勧め度:★★★☆☆  
城跡までの所要時間:-分 
見どころ:
注意事項:
駐車場:公園及びお寺の駐車場を借用
参考文献:「甲斐の山城と館㊤」(2014年 宮坂武男著) 
付近の城址:谷戸城、古宮城、旭山砦など

若神子城南城 (9)
東側の崖下より見た南城。









Posted on 2015/01/24 Sat. 23:25 [edit]

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