らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0107

芝生田館 (小諸市滋野甲)  

◆在りし日のビニールハウスが居館跡だった◆

正月気分も早々に辞してマイナーな城館跡のご紹介に移ろうかと・・・(笑)。

今回ご紹介するのは、地元でも知っている人などいないであろう芝生田館(しぼうだやかた)。読み方も難しい(汗)。

【立地】

国道18号線を東京方面に向かうと、東御市と小諸市の境の辺りに「芝生田」(「しぼうだ)と呼ばれる集落があり、ここに在地土豪の館があったという。東漸寺の南の田んぼの中にある。

芝生田館 (2)
2013年7.月。真夏の田んぼの農道。モノトーンの冬になると当然のように夏が恋しくなります。

「はてさて、このような平地に居館を建てるとは、緊張感の無い田舎侍だったのか?」

【館主・館歴】

「長野県町村誌」には「柴生田氏城跡」として「芝生田組北の田間三町になり。本郭東西二十間(36m)、南北三十間(54m)、三方に堀あり・・・・城の中に一碑石あり、三面に文字あれども磨滅して読み難し・・・。」とあり、江戸中期、芝生田村民の志により建立された碑について述べている。「小笠原外記長武之碑」と言われるもので、その内容については不明な点が多い。

芝生田館 (6)
北側から見た居館跡。要害の地では無い。

芝生田館①
縄張り図よりはyahooの航空地図で見てみましょう。

芝生田館 (7)
周囲には確かに堀跡のような水路が巡っているが・・・。

【館跡】

長野県町村誌に記載されているように居館跡の三方は確かに水路が巡り堀跡と言われれば、そのような気にもなるが、中世の初めに防御性の低いこのような場所に居館を作るのだろうか?外からは丸見えだし、水掘だとしても焼き討ちされれば即全焼であろう。

芝生田館 (10)
ビニールハウスの横の樹木脇に残る石碑。確かに文字は消えていて読めない。

芝生田館 (13)
館の北東350mに宇賀山砦(うがさんとりで)があるが、物見か逃げ込み城程度の作りである。

文献によれば、芝生田城は室町幕府の反体制派であった芦田下野守に同調した祢津氏の支城として別府城とともにその名が見え、将軍足利義教の命により守護の小笠原政康の攻略を受け落城したという。

芝生田館 (14)
まあ、確かに水路が堀と云われればそうかもしれませんが・・(汗)

芝生田館 (17)
とりあえず後世の石積みが城館跡を引き立たせてくれてます(笑)

この居館跡は、国道18号線からも良く見える二棟のビニールハウスがシンボルだったのですが、残念ながら昨年2月の大雪で倒壊してしまったようで、現在は新しいビニールハウス一棟のみに建て替えられたようです。

待望の正月第一弾の城館がこれ?とがっかりする方もいらっしゃるでしょうか?(笑)

地味な脇役を固めてあげるのが地元の使命なんだと心得ておりますので、ご容赦のほど・・・。



≪芝生田館≫ (しぼうだやかた 柴生田城)

標高:637m 比高-m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小諸市滋野甲
攻城日:2013年7月23日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:5分(東漸寺より徒歩)
駐車場:東漸寺の駐車場借用。
見どころ:石碑、水路など
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編」(2013年 宮坂武男著) 
注意事項:耕作地なので注意。無断侵入禁止。

芝生田館 (18)
城域南側。今は無きビニールハウス。





スポンサーサイト

Posted on 2015/01/07 Wed. 22:07 [edit]

CM: 8
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top