らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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2015年の信濃先方衆の仕事始めの共同戦線は雪との戦いの連続②  

◆膝まで埋まる積雪の福島城攻めと伊那の隠れた名城群を堪能した二日目◆

前日の御坂城攻めがまさかの残雪の多さで中止となったが、翌日の木曽福島城は事前に木曽観光協会に残雪状況を確認していたので問題は無いはずであった・・・・

まあ、確かに城山の遊歩道(林道)は、情報通り踝(くるぶし)程度の積雪だったが、城跡は後戻りできない銀世界・・(笑)

【福島城】

木曽義仲の末裔と称する木曽氏一族の詰め城で木曽義昌まで十八代を数えると言うが、最近は疑問視されているという。

木曽福島城 (2)
城山遊歩道の紅葉ヶ丘から見た福島町。美濃から信濃への侵入を抑えるには絶好の場所である。

弘治元年(1555)、武田信玄に降った木曽義康の嫡子義昌に三女(?)の真理姫を嫁がせ飛騨や美濃と接する木曽を直轄化し西国への侵略拠点化を計った。

木曽福島城 (44)
郭3の東尾根の大堀切。残るのは我々の足跡のみ・・(汗)

木曽福島城 (78)
主郭と郭2の間の堀切。何が楽しくて雪山賛歌をしているのか・・(笑)

勝頼の代になり、不満を募らせていた義昌さん、新府城の労役でイッキに爆発してしまい織田信長に内通し武田に反旗を翻したのは周知の事実。

木曽福島城 (87)
主郭の残雪は少なくホッとする。

この城、確か本能寺の変が起きて海津城の森長可が美濃へ撤退する際に、その首を取ろうとした木曽義昌が森軍の逆襲により落城させられている。その後、天正壬午の乱でも小笠原貞慶に攻め込まれて落城したように記憶しているが。

木曽福島城 (108)
主郭東側の大堀切を撮影する「ていぴす」さん。こんな雪山に同行頂くとはかたじけない・・(笑)

義昌さんのラッスンゴレライ的な武勇伝(?)はまたそのうち・・・(爆)

実は木曽福島周辺の他の山城も攻めるつもりでいたのだが、残雪で遭難しそうなので撤収した次第。


【春日城】 伊那市

伊那の山城マイスターのていぴす殿の案内で、後半は楽なお城を巡回。勉強になりました。

まずは河岸段丘を利用したデッカイ春日城。デッカイ事はイイコトです(笑)

春日城(伊那市) (11)
伊那谷にはこういうデカイ堀が多い。

春日城(伊那市) (14)
土塁も良く遺している。

春日城(伊那市) (42)
美しい横堀。


【小黒城】

春日城の支城とされるが、詳細は不明だ。宅地化による破壊があるが、主郭周辺の残存容態は良好である。

小黒城(伊那市) (27)
主郭の西側の堀跡。

小黒城(伊那市) (39)
石積み土塁が全周して残る本郭。後世に残したい遺構である。

ちなみに、ていぴす殿は既に5回も来ているという。物好きというよりも深刻な病気だ・・(笑)


【殿島城】

見ると聞くとでは大違い。感動しっぱなしであった。

しかし行政というのは「作る」事は得意で、維持管理は全くダメで、挙句の果てに破壊するのが常套手段のようだ。

殿島城 (2)
こんな城門つくるなら、キチンと史跡を保存していただきたい。

殿島城 (16)
巨大な三重堀切の外側の二重部分。圧巻である。

殿島城 (28)
これだけの土木工事は在地土豪の殿島氏では無理だ。

殿島城 (37)
高土塁が壁のように全周する本郭。高遠城の支城として保科氏が関わったのだろうか?

【表木城】

例の如く、飯田線に城域を分断されてしまったが、なかなか技巧的な城であった。

表木城(伊那市) (22)
地元の方が最近整備に乗り出したという。嬉しい事である。

表木城(伊那市) (32)
伐木して整備の進む本郭。壁のような土塁に圧倒される。

表木城(伊那市) (46)
痺れるような竪掘。


まだまだ伊那谷は不勉強と恥じた次第・・(汗)

ていぴすさん、二日間連続で家庭を顧みず同行していただき、ありがとうございましたあー(笑)

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Posted on 2015/02/28 Sat. 09:30 [edit]

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