らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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高棚城 (佐久市志賀)  

◆周囲を断崖絶壁に囲まれた古い形式の山頂城◆

このところはツイッターでついつい遊んでしまい、更新をおろそかにしている・・・(汗)

遠出も出来ず、周辺の山城へ散歩がてら出掛けるのだが、残雪が結構あるので靴底にスパイクピンのついた長靴が手放せない(笑)

今回ご案内するのは志賀城の支城と伝わる高棚城(たかたなじょう)。

高棚城 (1)
志賀上宿にある高棚大天社の麓の山門。この参道をヒタスラ登れば城跡に行けるらしい。

【立地】

香坂の谷と志賀の谷の間の岩山の上に立地している。周囲を断崖絶壁で囲まれ、人を寄せつけない険しい山だ。ここから北東1.5km先にある閼伽流山城とよく似た立地で同じような時期の築城であろうか。

高棚城 (3)
参道の周囲は大規模な開墾の跡があり石垣で区画整理されている。(信濃先方衆の同胞のていぴす殿が写ってる)

高棚城 (4)
途中で参道が消えてしまい已む無く尾根筋へ直登。これが結構しんどかった。

直登して尾根に入ったまでは何とかなったが、高棚城は周囲を垂直な崖で覆われているので神社の参道ルートを外れた我々が城跡に辿りつけるのかは非常に微妙だった・・・・(汗)

高棚城 (6)
こんな岩場が連続する斜面をトラバースして崖を這い上り入口を探す。

高棚城 (7)
何とか郭2に通じる斜面を発見し安堵する。ここまで来て引き返せと云われても困るのだ(笑)

【城主・城歴】

「千曲之真砂」に、高棚城には天文三年に志賀肥前守がいて、後に武田に降ったといい、その後は志賀与三右衛門が天正十一年に依田信蕃に降参したとある。
地元では、高白斉記における「シカトノノシロ」とは高棚城をさしていて、笠原新三郎清繁はこの城に籠城したとされていが、どうであろうか。

高棚城見取図①
ほぼ岩壁が全周している峻険な天然の要害。ここを攻めるのは大変だ。

高棚城 (12)
ようやく辿り着いた郭2。

高棚城 (14)
こんな痩せ尾根をよく削平したもんだ。

【城跡】

いわゆる「人里離れた険しい山頂に築かれた砦」で、楠木正成の千早城に類するような古式の山城のようである。
高棚大天社から通じる平場4の先には堀切が認められるので、緊急時の逃げ込み城だったかもしれない。
主郭の平削も適当で、続く東の尾根筋に堡塁のような郭6・7・8を置いた簡単な縄張りである。

ここに志賀殿(笠原氏)が籠城し、武田軍と壮絶な戦に及んだとするには無理があるような気がする。小田井合戦で討死した援軍の上杉方の将兵の首を山麓に並べても見えないし、こんな断崖絶壁で水も確保出来ない城に逃げ込んでも生還は期待できない。

高棚城 (24)
主郭。南側に一部土塁の高まりが確認出来る。

高棚城 (30)
尾根の平場5。

高棚城 (35)
いわゆる堡塁6。

高棚城 (39)
削平された跡の残る郭7。

東の尾根は痩せ尾根で郭といっても簡単な堡塁程度しか設置する事が出来ない。尤もこの方面は切り立ったような岩崖なので敵の侵入はあり得ないので安心だ。

現地に立って分かる事なのだが、ここからは閼伽流山城が良く見え、麓の集落も一望出来る。この街道を見張るにも好都合である。武田の占領地時代にも何らかしかの監視小屋程度の機能は持たせたのであろうか。

高棚城 (48)
高棚城からは、上野国と隣接する香坂の東地集落を監視出来る。

高棚城 (52)
東端の郭8から対岸の尾根先を撮影。高所恐怖症なので、身の毛もよだつ恐怖(汗)

高棚城 (60)
西へ転じて堡塁3。

【鉄砲隊の恐怖】

実は、東側の尾根を踏査している時に、かなりの至近距離での銃声が聞こえていて、相方のていぴす殿と「やばくねえ?」
って思い、ハンターの話し声も間近に聞こえたので大声でこちらの居場所を叫ぶも通じない・・(汗)

こんなところで熊とか猪に間違られて死んで良いはずもなく、西へ移動開始。主郭北側の下の郭9は未踏査で断念せざるを得ない状況となった。

高棚城 (65)
郭4の東側の堀切。

高棚城 (72)
郭4。不完全な平削地である。

苦労して登城して、鉄砲隊の脅威に駆逐されるのは残念である。がしかし、彼らにしてみたら12月から2/15までの僅か三ヶ月間という短い狩猟期間しか鉄砲が撃てないので何処かで妥協するしか無い。

高棚城 (44)
閼伽流山城は香坂の谷を挟んで正面である。

高棚城 (82)
どうしても制覇出来ない笠原城が見える・・・(笑) 今年こそガンバだ(爆)


【高棚大天社】 ※おまけ

「限界性集落」という言葉は大嫌いなのだが、受け入らざるを得ない現実をここで見る事になる。
高棚大天社は志賀上宿の集落は無論の事、、区域外の方々の信仰も集めかなりの隆盛を誇ったが、徐々に訪れる人も減少し、現在は廃墟となり、神社も崩落の危機に瀕している。

高棚城 (90)
断崖の壁を利用した神社。

高棚城 (97)
神社内部は10年前で時間が止まったままである。崩落の危険があるのでこれ以上は近づけない。

高棚城 (104)
嘗てはひっきりなしに信者が訪れたであろう神社も廃墟である。嘆かわしい・・・・。

鉄砲隊に追われるように下山したのだが、神社の参道を伝って下りる事にした。

それでも参道は消えていて、下りるにも一苦労だった・・・(汗)

鉄砲隊への怒りよりも、こんな立派な神社の衰退のが悲しく思えた・・・・

高棚城 (103)
鳥居の修繕すらままならない現状のようである。


≪高棚城≫ (たかだなじょう)

標高:1015.8m 比高245m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:佐久市志賀
攻城日:2014年11月30日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:50分
駐車場:山門脇に路駐。
見どころ:全般
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編」(2013年 宮坂武男著) 
注意事項:参道は消えかけている。麓からの途中の分岐は左へ進む事。そこから尾根伝いに参道が続いている。単独行動は危険。

高棚城② (1)
香坂の東地遊楽から見た高棚城。

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Posted on 2015/02/01 Sun. 21:35 [edit]

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