らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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黒丸城2 (リテイク 小県郡青木村当郷)  

◆東信濃を代表する山城の隠れた名城。あまり教えたくないのが本心?◆

上田市とその周囲の東御市・小県郡にある山城で、入門者向けのお勧めの山城ベスト10を挙げるとしたら、「塩田城」「岡城」「松尾城」「祢津下ノ城」「砥石米山城」「丸子城」「真田本城」「長窪城」「曲尾城」「中山城(武石)」あたりが無難な線であろうか。

百戦錬磨のマニア向けなら迷わず「村上連珠城砦群(大小16)」「松尾城遠見番所」「伊勢崎城(室賀)」「尾野山城」「女神岳城」「鳥屋城」「和田城」「笹洞城」「矢ヶ崎城」「黒丸城」が妥当な線だろう。(鬼とか猿は拙者の趣味の世界・・)

今回ご案内するのは、ツイッターで思わず名城だと呟いた「黒丸城」。推薦理由をリテイク記事にしてみた・・(笑)

【城跡までの道順】

国道143号線を上田市から青木村に向かい、大法寺入口を右折しそのまま当郷集落へ入る。約1.2km登ると道路沿いに阿鳥川神社と当郷公民館があるので公民館の駐車場を借用する。

黒丸城② (167)
阿鳥川神社の右脇を登る。

5年前にトライした時の初回、地元の方に教えてもらったのは、飯縄山城への道だったのだ。真夏に山中を彷徨った挙句に断念した。

黒丸城② (164)
神社脇を100m登り、三体の道祖神があるカーブを左に入る。ここが一番目の分かり易い登城口。

断念した翌週にリベンジマッチに及ぶ。近所の方に「貯水場の脇を左に進み尾根を登れ」と言われたのに、何故か直進して沢を登り再び迷子(笑)。林道にブチ当たって傷心して下った途中で奇跡的に黒丸城1を発見する・・・・。

黒丸城② (161)
道祖神の脇を進み塹壕のような道が尾根伝いに続くので、ひたすら進もう。

黒丸城② (2)
竹藪で進みづらいが、ガンガン登ろう。

黒丸城② (4)
ここを通りぬけてしばらく進むと城域に入る。ゆっくり登っても20分程度なので初心者でも問題無いレベルだ。

【立地】

古来から東山道の要衝として浦野駅が置かれ、交易が盛んであった。ここから保福寺峠を越えると中信濃の筑摩(松本深志方面)に通じ、修那羅峠や青木峠に通じる街道を抑えるには最適の場所である。北信濃に通じる室賀峠の抑えとして浦野城(のち武田によってに岡城が築城された)があるので、戦国期においは戦略上も重要な拠点だった事が伺える。

黒丸城② (9)
鬱蒼とした杉林を抜けると段郭となる。(郭5から撮影)

黒丸城見取図①
城域西側の畝状の竪堀群は、東信濃の山城の縄張りでは見る事の出来ない独自のドクトリンである。

【城主・城歴】

小県郡史(大正十五年)には、「黒丸城は浦里村當郷區(当郷)字西に日向の城といへる山頂にあり。本郭方八間、石垣今尚現存す。南方漸次に低下すること四丁許、腰曲輪總て十階あり。東、西、南の三面は峻嶮敷丈、北は低下して飯縄山に連る、堀切二ヶ所あり。寛永郡繪図に朝倉但馬守の城と載す。」と記載がある。

黒丸城② (12)
郭5から郭4へ向けて大手道が貫通しているが、後世の造作であろう。

黒丸城② (154)
郭5には平時の登城口である平小口と、東側には戦時用の枡形虎口が認められる。

【城跡】

連郭式の山城で、大手に段郭を重ねて主郭背後に深い堀切を穿つ東信濃地方特有の縄張りなのだが、この山城の特筆すべきは西斜面の畝状竪掘群であろう。
東斜面は「城の沢」と呼ばれる深い沢が天然の防御となるが、西側は傾斜が緩いのでここに対して厳重な防御システムを構築している。

畝状竪掘群=上杉系の築城技術と言われる事が多いが、東信濃ではこの城だけに見られる。天正壬午の乱後に上杉方に鞍替えした真田が、景勝と激しく対立する小笠原貞慶との軍事的緊張に備えて上杉の力を借りて改修したのではないのか?という妄想も成り立ちそうだ・・(笑)

●城域の南の処置

郭5~郭4の間には約8段の段郭を置いて侵入を困難にさせ、西斜面に㋐と㋑の竪掘を落として横移動を阻止している。

黒丸城② (150)

黒丸城② (146)

黒丸城② (18)

黒丸城② (144)
結構な傾斜角度に段郭を刻む手法は、下手な堀切を穿つより防御効率は遥かに高い。

黒丸城② (138)
南斜面への竪掘となる㋒。反対側の東斜面は短い処理で終わっている。

●郭3~郭2~郭1の主要部

郭3と郭2の間の落差10mの切岸を伴う堀切㋓の処理は圧巻である。まさに「壁(へき)」と呼ぶべき防御だ。そして郭2と主郭の西側はL字の堀切㋔が入り畝状竪掘が確かに確認出来る。
郭1または郭2から直接㋔へのアプローチは藪が酷くて、棘棘の植物で身動きが取れなくなる。堀切㋓から斜面を横移動することで何とか見れる。

黒丸城② (23)
郭3から見た堀切tp切岸。

黒丸城② (28)
土手付きの美しい堀切㋓(西側)

黒丸城② (31)
堀切㋓の東側。

黒丸城② (39)
郭2から見下ろした郭3.

黒丸城② (45)

黒丸城② (44)
郭2(32×1)との落差10mはまさしく「壁」である(汗)

黒丸城② (55)
主郭(32×13)

黒丸城② (54)
主郭背後は一段上に方形の郭を置き、更に後方を土塁で盛る事により背後の堀切の深さを増す効果を持たせている。

黒丸城② (56)
櫓台が置かれたであろう主郭の北側。

ここからのパノラマビューは凄い!!。街道の監視は無論、塩田城方面との連絡も問題無く出来るレベルだ。
子壇嶺城(こまゆみじょう)、東城・西城、女神岳城、遠く塩田城まで見渡せるロケーションは屈指であろう。

黒丸城② (62)

黒丸城風景①
子壇嶺城。ヘンテコリンな山の形は旅人の目印になったであろう。

黒丸城② (66)
郭2から主郭へは帯郭を介しての通路だったと思われる。

●主郭背後の三連の堀切

上巾15m、堀底から主郭背後の土塁上まで高さ15mの堀切㋕に圧倒される。切り立った壁の処理も凄い。三連の堀切は西斜面に対して長大に掘られているので、畝状堀群とともに西の守りを固めたと見て取れる。

黒丸城② (63)
主郭の土塁上から堀切㋕の東側を覗く。

黒丸城② (69)
東側の壁より堀切㋕

黒丸城② (71)
約50mの長さを伴い西斜面に下る。堀切フェチの至福のひととき(笑)

黒丸城② (74)
郭6から堀切㋕を介して見た主郭背後の土塁と壁。

黒丸城② (95)
西斜面を這う堀切㋖

黒丸城② (91)
堀切㋗

黒丸城② (85)
堀切㋗から見た堀切㋖と郭6にかけての処理。

●西斜面の畝状竪掘群

この城の特徴はまさにこの斜面の竪掘群であろう。小生が訪問した時は西斜面の間伐が行われている途中だったが、かなり明確に確認出来た。有り難い事である。

黒丸城見取図①
再び縄張り図にご登場願う。

黒丸城② (111)
写真では厳しいので落書き。堀切に木を捨てるのは止めましょう(笑)

黒丸城② (117)
まあね、藪で見栄えしないのはしょうがない(汗)

黒丸城② (121)
「登り土塁」というよりは「下り土塁」というべき堡塁施設

黒丸城② (123)
堀切㋔の北側の竪掘。こんな急斜面でも必死の防御である。

黒丸城② (124)
「下り土塁」の北側の竪掘。目視ではハッキリ見えるのに写真撮影すると、何がなんだか・・・・(汗)

さて、如何でしたでしょうか?

ツラツラと写真を並べるいつもの逃げの一手・・・(笑)

村上系とも真田系ともチョッと違う東信濃の隠れた名城。これを見ないと東信濃の城は語れまいて・・・(笑)

子壇嶺城から見た黒丸城とその周辺をサービスショットとして添付しときます。

CIMG1172.jpg

≪黒丸城≫ (くろまるじょう 朝倉但馬守城・城山)

標高:735m 比高170m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村当郷
攻城日:2015年2月11日
お勧め度:★★★★★ (満点) 宮坂武男先生も大絶賛!
城跡までの所要時間:20分
駐車場:当郷公民館の駐車場借用。
見どころ:道が不明瞭になりつつあるが、東信濃では珍しい畝状竪堀群のある戦国末期の縄張りを見れる。
参考文献:「信濃の山城と館③上田小県編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版) 「小県郡史」
注意事項:冬は鉄砲隊に注意。ヤバイ。夏場は藪で覆われるので晩秋か春先が良いでしょう。道祖神の上の貯水場から登るなら脇から左の尾根に進むと道がある。真っ直ぐ突っ切ると城の沢に入りかなり迷うので入らないのが無難。

飯縄山城(青木村) (67)
城の南に位置する殿戸から見た黒丸城とその周辺。















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Posted on 2015/02/14 Sat. 21:02 [edit]

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