らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0606

柏鉢城の御旅屋御殿群 (長野市中条清水)  

◆水路が巡る在番衆の屋敷跡◆

季節の区別なく城跡巡りを続けるのが城好きヲタクの真骨頂であり、オフシーズンなどありえないとノタマウ方をお見受けするが、人それぞれの楽しみ方があると思うのでそこまで指図せずとも良いと思う・・(笑)

蛇や毛虫、ダニ、ヒル、そして最強のスズメバチが徘徊する夏場の山城に突撃するなど止めた方がよい。
小生も「止むをえない事情」と称して突撃する事が無い訳ではないが、体力消耗は酷いし写真映えもしないし、遺構も見づらい(汗)

今回ご案内するのは、前回掲載した柏鉢城の根小屋でえ「御旅屋(おたや)」と呼ばれる屋敷跡である。

柏鉢城御旅屋 (1)
清水集落の入口から見た柏鉢城と御旅屋(根小屋)の位置関係。主郭のほぼ真下で杉林に囲まれて麓からは見えない。

実はこの御旅屋、柏鉢城から下山した後で場所を特定すべく広福寺の近所の方に教えていただき、「ていぴす」殿と集落内を歩き回り、田畑の隅々まで調べたのだが、城郭体系に掲載されている見取図と一致する場所が見当たらなかったのである。
(おたや農園という目印の看板が無かったのだ・・)

小熊の溺死体の浮かぶ不気味な農業用の人工池の上の耕作地の石組付近がそうかしら?という曖昧な結論となった・・(汗)

御旅屋跡 (34)
子熊は雪崩か凍結した湖水の氷が割れて転落し溺死したのだろう。クーさんの死体は初めて見た(汗)

なーんとなく納得出来ず時間切れとなり、我々は次の目的地である小虫倉城へ向かったのだった。

なんせ、WEB上でも「御旅屋」に関するネット記事は皆無に近い状態。無理も無いかと言い聞かせてみる(笑)

【翌週の再調査で偶然に発見】

どーしても推定した場所と見取図が一致しない。水路はあっても土塁が無い。石組がデカ過ぎ・・・・
それでもと思い、ネットの地図で航空写真を見ると、柏鉢の主郭の真南に杉林に囲まれた広い耕作地が写っているではないか。

「そうだ、もう一回調べに行こう!」

柏鉢城御旅屋 (70)
清水集落の林道を登り、柏鉢城の登山口で駐車した清水配水池の右手前のカーブ。

林道をウロウロ走っていると 「?? なんか入口みたいな場所だが・・・止まってみるか・・」 なんと、正解だったのである(笑)

柏鉢城御旅屋 (71)
カーブを曲がって振り返ると「ヤツがいる」(笑) 

なんと先週通り過ぎた場所である。我々は下に行き過ぎてしまったのだ。先入観で判断してはいけないのだ。


【居館跡】

耕作地として改変され、往時の屋敷中央の水路も農道の貫通により一部破壊されているものの、野石積の石垣、屋敷外への排水路、取水口、土塁など比較的遺構が良く残っているのには驚いた。
武田軍の籠城衆の屋敷地を検証していく上では貴重な遺構であろう。

御旅屋跡 (52)
見取図に現在の状況を重ねてみた。

柏鉢城御旅屋 (68)
林道から農道に入って見た全景(北側から)

解説によれば、

「御旅屋」「一貫地」「淀」の小字名の平地が野石積の石垣によって整然と十八余の屋敷に区分されている。現在その一部は畑として利用されているが、この屋敷群の中を背後の自然の沢水から取水した水路が屋敷の地割に沿って還流している。特にこの水路は石垣と土塁で造られており、1mの段差のある石垣部分では、直角に曲げて自然の沢に排水させており、明らかに屋敷内に配置された水道跡と考えられる。

●水路

屋敷中央を流れる水路は、石積みを土塁で覆った頑丈なものだ。残念ながらL字に折れる箇所は農道の開通により潰されたが取水口、排水溝が残る。

柏鉢城御旅屋 (44)
中央の迫上がった部分が水路。

柏鉢城御旅屋 (46)
水路は両サイドが石積みされ、その上に土が盛られている。

柏鉢城御旅屋 (54)
柏鉢城の東斜面側の取水口。貯水池の設置により、残念ながら現在は水が滲み出ている出ている程度。

屋敷地を抜けた水路は東下の沢へ向けて意図的に排水されている。その遺構が良く残ってる。素晴らしい。

柏鉢城御旅屋 (27)
カーブしている排水溝。

柏鉢城御旅屋 (28)
土留めの石積みと組み合わせると堀切のようである。

柏鉢城御旅屋 (33)
沢へ落とす排水溝の最終部分。もはや堀切そのものである・・(笑)

●屋敷地

東側に長大な土塁を築く事で麓から見えないようにする効果とともに、屋敷地への敵の侵入を防いでいる。耕作地化により区画が曖昧になってはいるが、同じ武田軍団でも直系か外様かで場所の優劣はあったのだろう。箕輪衆は日当たりのよくない外側だったりして・・。

柏鉢城御旅屋 (19)
1mの石積みで東西の区画を仕切っている。

柏鉢城御旅屋 (21)
日当たりの良い優良物件ですw

柏鉢城御旅屋 (13)
身分の一番偉いヤツがこの御旅屋に住んでたのだろう。室住? 坂西は飯田の国人だしダメでしょ。

柏鉢城御旅屋 (15)
土塁は叩き土塁でしっかりしている。(南側より撮影)

柏鉢城御旅屋 (18)
坂西氏はこのあたりに建てたか?(笑)

柏鉢城御旅屋 (48)
一貫地と呼ばれる区画。中央水路の北側だ。

例の如く、ツラツラと写真を並べ、教養の無さを露呈してしまいましたが、如何でしたでしょうか?

山城は根小屋と要害で構成され、「堅固仕置」が方面軍の軍役として厳しく義務付けられ、軍目付によって遂行状況を逐次本国に報告されていたのでしょう。

「まあ、日当たりが良くても、こんなド田舎いやだなあー」なんて一言が上層部にばれると、即刻成敗されちゃうんでしょうネ。
そんな時代に生まれ無くてホント良かった(笑)

柏鉢城御旅屋 (36)
石積みで区画された屋敷群。会田虚空蔵山の中腹も屋敷地だったと思うんですが・・。

「根小屋と要害のセット」なんて書くと、某中世城郭研究者に「時代遅れな寝言をまだ主張するヤツがいるのか?」と叱られそうだが、この屋敷地は後世に残したい貴重な遺構なのです。

≪柏鉢城 御旅屋御殿群≫ (かしわばちじょう おたやごてんぐん 御旅屋)
標高:870m 比高:120m (清水集落より) 
築城年代:不明
築城・居住者:武田氏
場所:長野市中条清水
攻城日:2015年4月12日
お勧め度:★★★★☆ 
城跡までの所要時間:5分 (清水配水池より)
駐車場:配水池脇を借用
見どころ:土塁、水路跡、排水溝跡、石積みなど
参考文献:「信濃の山城と館②更埴・長野編」(2014年 宮坂武男著 戎光祥出版) 「日本城郭体系」など
注意事項:私有地・耕作地なので見学には注意が必要
付近の城跡:柏鉢城、小虫倉山城、松原城、古屋敷城山城など

柏鉢城御旅屋 (4)
まさしく信濃を代表する城館一体の山城であろう。






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Posted on 2015/06/06 Sat. 14:21 [edit]

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