らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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木曾義仲の信濃の史跡を訪ねて (序章)  

◆琵琶法師の語る平家物語「木曽最期」に魅せられて◆

今はどうか知らないが、小生が小学生の頃は県歌「信濃の歌」は耳にタコが出来るほど聞かされ、そして歌わされたものだ。

♪ 信濃の国は 十州に境連ぬる国にして 聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し ・・♪

その昔、営業系の転勤族(死語か?)の皆さんは長野県に転勤すると、真っ先に「信濃の国」を覚えて歌えるように練習したという。
接待や宴会の席での締めで必ず歌われるので、地元のお客様と円滑な取引をするには必須項目だった・・(都市伝説)

長野県在住または出身者であれば、何処に住もうと「信濃の歌」は絶対に歌えるはずだ。しかも姿勢は直立不動で一心不乱で歌うのだ・・・・信州人の体に染み付いた悲しい習性である・・・・(笑)

木曽義仲①images
PHP研究所の「歴史街道」の今月号は木曾義仲特集で、思わず衝動買いした。

その県歌「信濃の国」の5番に「旭将軍義仲」が登場する。
※その次には織田軍相手に高遠城で壮絶な討死をした「仁科五郎信盛」が出てくる・・・ある意味凄い人選であろう。

木曾義仲は今から800年以上も前の人物であり、「平家物語」や「源平盛衰記」、信濃の伝承等によって語り継がれてきた人で、史料も限られており史実の検証は戦国時代に比べるとかなり難しいのですが、その逸話の数々は今も我々を魅了して止む事はありません。

木曾義仲 017
木曾町日義の「義仲館。絵や人形で義仲の生涯を分かり易く解説しています。

中原兼遠居館 (3)
手習天神(木曾町上田)。養父の中原兼遠が義仲の学問の神を勧進したものと伝わる。

松尾芭蕉が、そして芥川龍之介が魅せられた「木曽義仲」の「情」とその生き様。

平家物語の中で特に人気の高い「壇ノ浦」そして義仲の最後を描く「木曾最期」は庶民によって支持され続けてきた。

ゆかりの深い信州上田周辺の地を中心としてその伝承の地をお伝えできれば・・・なんて思っております。

不定期のアップになるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いと思うておりますw中原兼遠居館 (24)
要衝時代を過ごした中原兼遠屋敷跡にある義仲元服の松。十三歳で元服したという。

そうでなくとも山城の記事の掲載が遅れているのに、どうなるんでしょうかねえ・・・・・・・・(笑)







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Posted on 2015/06/08 Mon. 22:56 [edit]

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