らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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木曾義仲伝承の地巡り① 鳥居峠 (木曾郡木祖村)/腰越地区 (上田市腰越)  

◆木曾宮ノ腰から府中を経て義仲が辿り着いた依田窪の地◆

最近はブログを書きかけて、気が付くと椅子で爆睡している。晩酌しながら記事を書くのは体に良くない・・(笑)

さて、熱病に冒されるが如く東信濃にまつわる義仲伝説の続きをご案内しよう。

中原兼遠居館 (51)
木曾町宮ノ腰の南宮神社。挙兵した義仲は居館近くに勧進したこの神社にも戦勝を祈願し東信濃へ向けて軍勢を進めたという。


【挙兵後の依田城入城までの経路】

治承四年(1180)四月、以仁王の平氏追討の令旨を発すると、八月に伊豆で頼朝が挙兵し、それに遅れる事半月の九月に木曾宮ノ腰(宮ノ越とも)義仲が挙兵する。軍勢は鳥居峠を越え、国府のあった深志に入り、武石峠経由で依田窪の腰越に入ったと伝わる。(その後依田氏の居館に逗留)

木曾義仲 032
義仲のもとに四天王が終結し挙兵。(作者:田屋幸男氏 木曾町義仲館に展示)

藪原砦(鳥居峠) (1)
藪原宿側の鳥居峠登り口。中山道最大の難所と云われ、途中までは石畳が残る。

現在は旧中山道の鳥居峠自然道として整備され、藪原宿から峠を越えて奈良井宿まで歩けるが、やはり中山道最大の難所と云われただけあって現代人でもかなりしんどい。入口から峠の頂上まで約20分ぐらいだ。

藪原砦(鳥居峠) (9)
鳥居峠より見た藪原宿方面。

藪原砦(鳥居峠) (47)
峠の頂上にある御嶽遙拝所。御嶽山の眺望の良い場所に御嶽神社を勧進したもの。義仲が戦勝祈願の願文を奉納したという。

藪原砦(鳥居峠) (26)
御嶽遙拝所(御嶽神社)の石仏群。

藪原砦(鳥居峠) (21)
「義仲硯水」。義仲が戦勝祈願の願文を奉納するために、右筆である大夫房覚明(たゆうぼうかくめい)にしたためさせた時に使用した硯の水と伝わる。

奈良井宿 (1)
奈良井宿(塩尻市)より見た鳥居峠方面。ちなみに峠山は戦国時代の烽火台跡と伝わる。


【腰越周辺の義仲にまつわる史跡】

東信濃と中信濃・南信濃を結ぶ通路としては、古くからは保福寺峠を経由する東山道がメインだが、和田峠や大門峠、武石峠に通じる依田川沿いの道(現在の国道152号線付周辺)も大事な道であった。

●腰越橋

依田川と国道152号線が交わる場所にあり、古来よりの要衝であったとされる。現在の橋は平成5年に架け替えが実施され、丸子地区が義仲ゆかりの地となっているため、景観を義仲テーマにしたという。

丸子良存館 (5)
現在も諏訪方面への主要道として交通量の多い腰越橋(こしごえばし)

丸子良存館 (3)
木曾義仲のレリーフが施されているのを知ったのは最近・・・(汗)

丸子良存館 (4)
腰越橋より見た依田川の深い渓谷。




●岡森諏訪神社

義仲の開基と伝わる蓮乗寺(丸子良存館)の依田川を挟んだ対岸にあり、義仲が戦勝を祈願したと伝わる。

岡森諏訪神社 (8)

岡森諏訪神社 (3)
嘗ては賑わったのであろうが、社殿はかなり傷み修復が必要かと。

岡森諏訪神社 (5)
対岸の蓮乗寺と丸子城。



●一本木諏訪神社

蓮乗寺から500m西の腰越一本木地籍にあることから一本木諏訪神社と云われ、義仲が戦勝を祈願したと伝わる。

一本木諏訪神社①

一本木諏訪神社②
地元の方に大切にされてきた神社である。



いずれも伝承の史跡なので真偽のほどは判らないが、判らないから良いのである。

800年前に思いを馳せる・・・そんな瞬間がまたイイのである・・・続く。
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Posted on 2015/07/04 Sat. 10:40 [edit]

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