らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0708

桜城2 (木曾義仲史跡関連 下諏訪町)  

◆桜城に残る諏訪一族と義仲に関する伝説◆

相変わらずドツボにハマってしまい、木曾義仲の幻影と呪縛から逃れられなくなっている・・・(汗)

究極は「平家物語」に到達して出口の無い迷路を彷徨う事になるというが、そこらへんはその専門家にお任せしたい。
例えば、小生が日頃大変お世話になっている管理人つねまる様の「戦国時代を追いかけて日本の歴史つまみ食い紀行」がとても判り易い解説なのでお勧めである。

なので、小生は「気まぐれ」で立ち寄っている程度という云う事でご容赦願いたい・・・(笑)

実は前回掲載した手塚館の主である諏訪神氏出身の手塚太郎光盛(金刺光盛)の居館跡は、諏訪では「霞ヶ城(かすみがじょう)」として伝わっている。

霞城 (6)
諏訪大社下社とホテル山王閣の地籍派は、義仲の家臣である手塚別当金刺光盛の居城跡(霞ヶ城)と伝わる。

実は2012年3月の桜城調査の際にこの地を訪問しているのだが、800年以上も前の平安末期の城館など興味が無かったので適当に写真を撮ってスルーしている。なので、もう一度調べないと・・・(汗)

霞城 (4)
当時は説明板を読んでも「良く分からず・・・」

まあね、乗りかかった船なので諏訪大社下社の霞ヶ城周辺、長瀬氏の墓所のあるという塩尻周辺は再調査していずれまたの機会に報告したいと思います。(お約束は出来ませんが・・・・・・・・・・・・・・・・笑)

なので、今回ご紹介するのは、2012年の桜城調査訪問の際に残っていた写真を元に義仲伝説をご案内しますw

【桜城に残る木曾義仲伝承】

桜城の築城年代ははっきりしないが、諏訪大社下社大祝(おおほうり)の金刺氏の居館である神殿(ごうどの)に付属した砦として早い時期から造営されていたと推察されている。
現在残る桜城は、武田軍により改修された山城の最終形なので、その時代よりもさらに300年以上遡った往時の姿がどうであったかは全く不明である。

桜城
下諏訪の温泉街より見た桜城。

●木曾義仲のやぐら(矢倉)

桜城へ向かう登城口の中腹にある。

木曾義仲(幼名:駒王丸)は、父義賢が義朝の嫡男悪源太義平に討たれると、義朝の命により殺される運命にあったが、畠山重能は武蔵の国人斉藤実盛に預けた。実盛は東国に駒王丸を東国に置いては危ういと思い、乳母の夫で諏訪大社下社の神官であり木曾に屋敷を構える中原兼遠に預けた。
その後、中原兼遠は諏訪の地で母小枝と共に駒王丸を匿うが、この地も危険と判断し木曾の宮ノ越の屋敷に移したと云う。

桜城 (2)
説明板と「義仲のやぐら」。

矢倉とは武器倉庫の事であるが、幼少時代の義仲が武器庫を必要とするほどの装備を持っていたかは疑問である。

桜城 (4)
鎧櫃、槍などを収納するのであれば充分であろう。

幼少期の駒王丸(のちの義仲)が諏訪大社の神官だった中原兼遠の庇護を受け、秋宮から桜城への道筋を遊び場としたというが、どうなんでしょう?

●金刺盛澄(手塚太郎光盛の兄)と梶原景時

諏訪大社大祝の金刺盛澄は、鎌倉時代比類の無い弓馬の達人であった。源頼朝の出頭の命令に遅れた事で処刑されようとしたときに、梶原景時のとりなしで御前に流鏑馬(やぶさめ)を披露した。その技の余りの見事さに頼朝の怒りは解け赦されてこの地に戻った。
流鏑馬に臨む盛澄はここの桜城に来ては独り座禅を組み精神統一、澄んだ心気でその場に臨んだと云う。その一念が盛澄の神技となったといえよう。その昔話からここに座禅石を置き碑を建て、一念坂と名づけた。
(現地説明板より)

桜城 (10)
盛澄の神技に授かれるよう拝殿が置かれ、「合格祈願」「当選祈願」「縁結び」「子授け」など参拝者が今でも多く訪れると云う。

桜城 (9)
「一念発起」とは縁起物でございます。

弟の光盛の官軍としての華々しい活躍、そしていつの間にか逆賊としての敗死を目の当たりとした盛澄の心境はどのようなものであったのだろうか。

梶原景時も義経を陥れた大悪人と呼ばれ、後世の人々の評価は芳しくないが、その忠実さ故にブラック頼朝の一部を肩代わりした忠臣として評価を見直す向きもあるという。

桜城から見た諏訪湖の風景は、駒王丸時代の義仲もきっと見たに違いない。

そう考えるだけで、古(いにしえ)にタイムスリップ出来てしまうのである・・・・・・・・・(笑)

桜城 (19)
桜城から見た諏訪大社下社と諏訪湖の風景。
















桜城
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Posted on 2015/07/08 Wed. 23:10 [edit]

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