らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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唐崎山城 (千曲市雨宮)  

◆在地土豪で村上家の被官である雨宮氏が築いたと伝わる戦国初期の山城◆

行く夏を惜しみつつ、「サッサと晩秋にならんかい!」と思うておるこの頃でございますw

今回ご案内致しますのは、前々回にリテイクした鞍骨城の西側尾根の先端の唐崎山城(からさきやまじょう)。

雨宮の渡し (1)
上杉謙信が煙る霧の千曲川を渡河した場所として有名な「雨宮の渡」(あめのみやのわたし)の東側の山が城跡。

雨宮の渡し (2)
「雨宮の渡」から見た唐崎山(写真中央の山)

【立地】

旧更埴市の雨宮、土口(どぐち)、生萱(いきがや)に跨る唐崎山にある。尾根を東に辿れば天城城があり、さらにその先の鞍骨城にも通じている。

唐崎山城 (1)
登城口には看板があるので迷わない。

唐崎山城 (2)
遊歩道も整備されている。ここから唐崎山城と天城城(てしろじょう)の2連チャンを目指してもいいが110分は結構辛いと思う。


【城主・城歴】

登り口にある説明板では、生仁館(いけにやかた)の本城として雨宮摂津守、または生身大和守(いけにやまとのかみ)の居城としている。
雨宮氏は、応永七年(1400)の大塔合戦以降急速に北信濃に勢力を伸ばした村上氏の分族であり、他に小島氏(児島)・屋代氏・倉科氏・生仁(いけに)氏・雨宮氏(千曲市)、清野氏・西条氏・東条氏なども村上一族である。
戦国時代に入り、武田が信濃に侵略を開始すると雨宮氏や他の分族は宗家である村上義清に与して上田原の戦いでは武田軍を劣勢に追い込む働きを見せた。この戦いで唐崎山城主だった雨宮摂津守の子で雨宮刑部正利が戦死。
その弟景信は村上義清が越後に逃れたのちに武田晴信に降り70騎の足軽大将となったという。

雨宮刑部の墓
上田原古戦場に残る雨宮刑部の墓。

【城跡】

自然地形を活用した戦国初期の山城で、斜面に段郭を多用するオーソドックスな縄張り方法だ。
これといって特徴もなく、この周辺の城で必須となった石積みすら見当たらない。対岸にある屋代城や尾根続きの鞍骨城、東の尾根先の鷲尾城が石積みを用いた防御構造をもつのに対して、全く改修された跡が見当たらないのである。

唐崎山城見取図①

恐らく甲越合戦の初期には重要視されたものの、海津城の築城と周辺諸城の運用に成功した武田軍は、唐崎山城の改装の必要を認めなかったものと思われる。

唐崎山城 (6)
登城口から数段の削平地があり、カーブ手前に大きな削平地。縄張り図の「郭10」である。

●メリハリが無く続く削平の甘い段郭群

西端の登城口から東尾根の主郭に向かう尾根沿いは、信濃の城郭特有の段郭が連続する。
残念ながら削平はかなり緩いもので、緊張感は余り感じられない。

唐崎山城 (8)
メリハリの感じられない段郭群。

唐崎山城 (10)
主郭手前の中枢部においても緊張感は感じられない・・・(汗)

唐崎山城 (25)
郭7と6の間の堀切。

●中枢部

城域の中心を形成する方形の郭1は土塁の痕跡と雨水溜めが認められる。郭2も北側に僅かに土塁痕が残る。南の尾根に郭3、4、5と並べ間に堀を穿っている。
天城城へ続く東尾根は上巾24mと長大な堀切で遮断していたようだが、かなり崩落し埋没。周辺の諸城が戦国末まで改修されたらしい鋭さを放つ中では、戦国時代早々に捨て置かれたようだ。

唐崎山城 (28)
郭1から見た郭2方面。

唐崎山城 (27)
郭1(主郭)の天水溜め。頭上には「熊除けゴング(?)」が吊るされているので、現世ではクーさんが城主らしい。

唐崎山城 (30)
主郭をL字で囲む郭3。

唐崎山城 (32)
郭3から見た主郭背後の土塁。

唐崎山城 (34)
郭3の背後の大堀切。当初は尾根を削り切岸に加工しただけのものだったと思われる。

●南尾根の処理

段郭を重ねた大手方面の西尾根に比べると、数条の竪掘を入れる処理を施しており敵の侵入をこの方面に想定していたことが感じられる防御構造だ。

唐崎山城 (42)
郭4に残る土塁。

唐崎山城 (46)
南尾根の改修が最終だったかもしれない。

唐崎山城 (50)
真面目に削平されている郭5。

唐崎山城 (59)
南尾根の先は断崖になっているが、屋代城との連携を確認出来るロケーションである。

唐崎山城 (62)
鷲尾城方面。遠く五里ヶ峰が見える事から、村上宗家との連携も意外にすんなり出来たのかもしれない。

松代周辺の城が戦国末期まで使われ、全てが石積みで武装しているのに対して、唐崎山城だけが改修を受けずに放棄されているのは何故だろうか。
往時の千曲川の河床に原因を求めれば答えが出るのかもしれないが、どうであろう・・・・。


≪唐崎山城≫ (からさきやまじょう 唐崎城・朝日山城・藤崎城) 

標高:478m 比高:125m (生仁館より)
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:千曲市雨宮
攻城日:2013年5月4日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:20分
駐車場:無し、適当に路駐
見どころ:土塁、天水溜め、堀切など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館 更埴・長野編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
注意事項:天城城・鞍骨城へ縦走するなら熊に注意。単独不可。
付近の城跡:鷲尾城、天城城、鞍骨城、屋代城、妻女山陣地など

唐崎山城 (68)
南麓の東小から見た唐崎山城。



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Posted on 2015/08/24 Mon. 22:11 [edit]

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