らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0920

中尾城 (長野市戸隠中尾)  

◆戸隠の異変を知らせる烽火台か?◆

シルバーウィークに突入した。

城仲間のツイッターのTL(タイムライン)を見ると、結構あちらこちらに出掛けた方が多く、早速現地から写真付きで発信している。

小生も後半は北信濃の呪縛から逃れて伊那谷のマイナーな山城巡りを予定しているのだが、相変わらず優柔不断・・(笑)

あっ、そうそう、この季節の信濃の山城は「止め山」(入山禁止)が多く、特に松茸産地の上田市・坂城町・小県郡全域・松本市(特に四賀)、安曇野市、塩尻市の山城は10月末まで近づかないのが無難。罰金100万円なんて表示もある・・(汗)

今回ご紹介するのは戦国動乱の戸隠シリーズ「中尾城」。

中尾城 (4)
国道406号線から西組(追通集落)に入り、尾倉沢沿いに北へ向かうと「宮の前」集落と神社がある。ここらへんに適当に路駐。

中尾城 (2)
登城口。道路の東側の山裾に墓地が見えるので、そこからが城域。

【立地】

宮の前集落の南の二子山(ふたごやま)と呼ばれる場所に中尾城がある。その名の通りふたつの小山が並んでいて、東奥の山が「寺屋敷」と云われ、手前の山には砦の遺構が残る。沢を挟んだ西側には追通城(追通の栗田屋敷の詰め城)があり、北東には福平城の支城とされる大昌寺山城がある。南を流れる裾花川を挟んだ祖山集落から地蔵峠にかけての古道を見張るには最適の位置にある。

戸隠周辺の城と居館①
武田軍の侵入に対して戸隠山防御の為に築かれたであろう砦群。(再掲載)

中尾城 (5)
山口さんちの墓地の奥に上巾5mの堀切㋐があるので見落とさないように。

中尾城 (64)
墓地の南側が「城の腰」と呼ばれているらしい。

【城主・城歴】

史料、伝承等無く不明だという。東の小山が寺屋敷という地名が残るので寺院跡とも推定されるが、地元の言い伝えによると火葬場の跡だという。寺屋敷と砦の中間には宮川氏の墳墓があり、古い墓には何基も官位名が刻まれていたので、宮川氏は代々宮の前神社の神主であった事が確認出来るが、城との関係も不明だ。
立地から見ると福平城に関係した砦で、甲越紛争には烽火台だったのかもしれない。

中尾城 (9)
山口氏の墓地には古い五輪塔の欠損が何基かあるので城と関係があったのかもしれない。

中尾城 (15)
笹藪で写真に撮ると分からなくなるが、遠目の目視でもそれと分かる墓地の裏側の堀切㋐。

【城跡】

西側の山は五角形の主郭とそれを取り巻くように北側に郭2を置き西斜面に対して竪掘㋑を落としている。
主郭の背後を堀切㋒で遮断し尾根に長方形の郭3を削平。その先に防御構造は無い。
寺屋敷と呼ばれる東の峰の郭4は頂部を削平してあるだけで堀切などもない。

中尾城見取図①(長野市戸隠)
単純な砦ではあるが、西組集落方面から登って来る敵に備えて西側の沢に対して防御を固めている。

中尾城 (18)
小さいながら切岸はキチンと鋭角に削っている。

中尾城 (22)
笹藪を掻き分けて撮影しても見る側には通じないであろう竪掘㋑(郭2の西端に存在する)

中尾城 (25)
ホームベース型の主郭。土壇の上に山口氏は祀った祠がある。

中尾城 (31)
主郭背後の堀切㋒(上巾5m)

西の山の砦は結構真面目に普請しているんですよね。特に郭1と郭2の間の切岸は角度も鋭く丁寧に周回してます。
お墓の裏の堀切㋐もしっかりと尾根を遮断し高低差をつけてます。

中尾城 (36)
郭3。笹藪の中を30mも歩くのは何が潜んでいるか分からないので違う意味での勇気が必要です・・・(汗)

中尾城 (42)
帯状に主郭の全面を囲む郭2。

二つの山の間で、郭への登り口にあたる場所に宮川氏の墓地がある。
古いお墓には官位が記されているのが、これは神官としての官位のようだ。

中尾城 (44)
宮川氏と寺屋敷に繋がりがあるのだろうか?

中尾城 (45)
寺屋敷と呼ばれる郭4。

寺屋敷は火葬場だったという地元の話があるようだが、明治以降も土葬が中心だったのにわざわざ費用のかかる火葬がこの地区だけ特別に行われていたとは考えづらい。

中尾城 (47)
郭4の南東にも段郭がある(宮坂図には記載なし)

中尾城 (51)
西の山の砦同様に切岸の加工は丁寧に作業されたいる。

交通の便が良くなった現代においても、戸隠への通路は結構険しい。裾花川の渓谷を通る国道406号線にしても戸隠バードラインにしてもかなり厳しい。

その険しさ故に修験道場が開かれ多くの修験者や信徒が山を越えて功徳を積みに来たのであろう。
が、戦国の動乱は、その戸隠山や飯縄山ですら巻き込み、多くの犠牲を強いて嵐のように通っていったのであろう。

中尾城 (62)
毎度のことながら、このような場所に集落があり生活の営みが続いている事に驚嘆する。


≪中尾城≫ (なかおじょう 二子の城) 

標高:790.2m 比高:70m 
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:長野市戸隠中尾
攻城日:2015年8月29日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:10分
駐車場:邪魔にならない場所に適当に路駐。
見どころ:堀切、切岸など
参考文献・書籍:「信濃の山城と館 更埴・長野編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
注意事項:特に無し
付近の城跡:追通の栗田屋敷、追通城、五十土城など
Special Thanks:ていぴす殿

中尾城 (66)
中尾城全景。





Posted on 2015/09/20 Sun. 10:31 [edit]

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