らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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ノロシ山 (長野市松代町西条)  

◆信玄の「飛脚かがり川中島線千曲ルート」の起点◆

残念ながら(というのはオカシイが・・)信濃国の中世の山城と館の総数約1,800は、そのほとんどが宮坂武男氏によってほぼ位置が確定し、遺構は縄張り図や美しい鳥瞰図となっている。後世に伝えられるべく素晴らしい偉業である。

小生は宮坂氏の探訪した城跡を再度踏査し、SNSを利用してデジタル化した画像を掲載し、中々人を寄せ付けない険しい信濃の山城の現在の姿を皆様に分かり易く解説をしているだけである・・(汗)

が、小生はこの作業がひと段落した後に、どうしても解き明かしたい謎に挑みたいと思っている。そう、「信玄の飛脚かがり」である。

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花岡城(花岡烽火台)にある佐久千曲川ラインの飛脚かがりのルート図。

山吹山烽火台 (1)
木曽福島の入口に当たる山吹山烽火台の説明板。

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小諸城の対岸にある袴腰烽火台(はかまごしのろしだい)。ここから布引城へ繋いだという。

すでに構想5年・・・武田軍の通信網の謎を何処まで追えるのか?・・まあ、正直なところ期待しないほうがよい・・・(笑)

今回ご案内するのはいつか登るゾと言いつつ、その高さ故に捨て置いたその名もズバリ「ノロシ山」である。

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山麓に象山神社のある松代町の竹山城の主郭から見たノロシ山。「嫌だ、あんな山、登りたくない・・・」


【立地】

海津城の南南西3.5kmの位置にあり、標高は844mでピラミッド伝説の残る皆上山の南側の三角形の山がノロシ山だ。
「なんだ、1000m無いんだ・・」そう思われる方が多いと思うが、松代城との比高差は実に487mもあるのだ。
ここからは松代周辺の山城は全て掌握出来るし、南東の尾根先は真田に通じる松代街道の地蔵峠がある。

ノロシ山(長野市松代町) (1)
長野県警察学校の裏手の宿舎の先にある白鳥神社の鳥居が正規の登城口だ。山頂直下の入組からも行けるらしいが直登に近くかなり疲労困憊するという。(富岡武蔵様の体験談・・・笑)

白鳥神社①
入口の鳥居から15分ほど歩くと松代藩七代目藩主の真田幸貫が勧進したという立派な社殿がある。(長野市の重要文化財)

拝殿脇の旧車道の突き当りに「ノロシ山登山口」の標識があるので、そこから尾根へ向けて遊歩道が整備されている。
(小生は絵馬殿の北側から強引に尾根に出たが、合流するので問題は無い)
この遊歩道、頂上までは一本道で地元の方により道標も途中に何ヶ所かあり迷う事は無いのだが、距離としてはかなり歩くので注意が必要だ。片道約90分だが比高差もあるのでキツイ。ラストの北尾根道の急勾配は膝が笑う・・・(汗)

ノロシ山(長野市松代町) (97)
社殿から15分で舞鶴山。ここの直下の地下には戦時中に作られた松代大本営跡がある。その話はいずれまたの機会に・・(笑)

【城主・城歴】

武田氏の「飛脚かがり」と呼ばれた海津城から甲府までの「川中島線千曲ルート」の起点とされる。ここから高遠山(1221m)へ伝え、その先の鏡台山(1269m)、五里ヶ峰(1094m 葛尾城の奥の峰)を経由して小県方面へ繋いだとされるが、伊勢崎虚空蔵山までの中継地点についてははっきりしていない。

ノロシ山(長野市松代町) (20)
登山開始からヒタスラ黙々と歩く事70分で最終の難関の北尾根道へ。

ノロシ山(長野市松代町) (24)
雨上がりの翌日だったせいか湿度が高く熱中症の一歩手前の状態で最期の斜面を這い上がる・・・(汗)

ノロシ山(長野市松代町) (25)
稜線から見下ろす松代町豊栄の集落。もはや息絶え絶えであった・・・(笑)

【城跡】

三角点のある山頂が主郭で、前後に段郭を置き、堀切を挟んだ南東の郭2が烽火台跡と推定される。
堀切㋒の先には犬走りのような細長い郭がありその先に物見台が置かれている。海津城に隣接する起点の烽火台なので、防御もある程度真面目に構築されている。

ノロシ山見取図①

烽火台と一言で言っても、新たに構築された場所もあれば、地場の土豪の山城や砦を改築して使用したものもあるので城歴を語るのには非常に難しいものがある。
ノロシ山についても、これだけの威容とロケーションを持つ山なので武田軍の進駐以前にも何らかの軍事施設があったと見るのが妥当であろう。

ノロシ山(長野市松代町) (30)
堀切㋐。最近強引に堀切を手書きするのが不評らしい・・・・(汗)

ノロシ山(長野市松代町) (37)
主郭の手前の段郭。結構な落差がある。

ノロシ山(長野市松代町) (41)
主郭。三等三角点があり標高は844m。恐らく周囲は土塁が囲んでいたのであろう形跡が見て取れる。

正直なところ遺構も景色もあまり期待していなかったのだが、烽火台としてこれだけの縄張りと遺構が確認出来れば満足である。まして景色は期待できない、という過去のSNSの評判を見ていたので予想外であった・・・。

ノロシ山(長野市松代町) (46)
かなりしっかり作られていたのには驚く。

ノロシ山(長野市松代町) (77)
上巾6mの堀切㋑。

ノロシ山(長野市松代町) (75)

ノロシ山(長野市松代町) (60)
だいぶ埋まってしまった堀切㋒は上巾9m。

ノロシ山(長野市松代町) (63)
尾根の南からの攻撃に対処する堡塁(11×5)

烽火台の立地条件は、とかく高さや視界(ローケーション)を定義する記述を多くみかけるが、緊急避難的要素も大いに考慮されるべきであろう。海津城が危急に際した場合、ノロシ山に逃げ込み尾根伝いに地蔵峠へ逃げて真田の郷に落ちのびるというのがセオリーだったのかもしれない。

ノロシ山(長野市松代町) (76)
郭2から見た主郭。

ノロシ山(長野市松代町) (72)
皆神山も良く見える。

ノロシ山(長野市松代町) (69)
松代町豊栄地区。この日の午前中は町民運動会だったらしく、司会の女性の拡声器による絶叫が山中に響いていた・・頭痛くなるので止めてくれ・・(汗)

毎度の事ながら「おれ、こんな山奥で一人でなにやっているんだろう・・・」 孤独は友達です・・(笑)

それにしても、スマホより早い情報伝達手段としての狼煙台の謎を解いてみたい・・信濃では遭難必死だろうなあー(汗)

ノロシ山(長野市松代町) (90)
山頂からは海津城周辺が手に取るようにわかる。


≪ノロシ山≫ (のろしやま) 

標高:843.9m 比高:385m (入組より)
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:長野市松代町西城
攻城日:2015年9月27日
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:80分
駐車場:白鳥神社入口に路駐。
見どころ:土塁、ロケーションなど
参考文献・書籍:「信濃の山城と館 更埴・長野編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
注意事項:体力には余裕を持って出掛けましょう。
付近の城跡:竹下城、金井山城、海津城など。

ノロシ山(長野市松代町) (104)
松代高校より見たノロシ山。



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竹山城より見たノロシ山の拡大写真。

松代城址 005
松代城の北不明門のバックにも写ってますw








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Posted on 2015/10/02 Fri. 23:56 [edit]

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