らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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再び鳥居峠を越えて上野国へ進軍  

◆せっかく越境したのに三ヶ所で終わった上野国の長野原攻め・・・◆

出掛ける前は六ヶ所~八ヶ所程度をピックアップしてその気になっているのだが、現地に着くと「隅から隅まで、ずずずいっと見てしんぜよう」となってしまい、気が付いたら予定の半分も行かないうちに「ジ・エンド」(笑)

今回も真田丸で盛り上がっている通称「真田街道」(信州街道)を経由して長野原に進軍。

【大笹関所】

前回ご紹介しているので割愛しようと思ったが、嬬恋村も街道筋の市町村と協力して真田丸を「町おこし」に活用しているみないなのでチョッと寄って観察して見た。

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真田町~沼田市まで林立する幟旗。

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毎度お馴染み大笹関所跡。

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まあね、チビッ子たちが興味を持ってくれるなら二次元キャラもありだよね・・。

【丸岩城】

長野原町に入ると見事な奇岩が突如現れる。「丸岩」(まるいわ)と呼ばれ、あの岩のてっぺんにも砦跡があるなんて誰も思わなだろうし、あったとしても険しすぎて登ろうなどとは思わないだろう。
が、しかし意外にあっさりと登れちゃう(笑)

横壁城(長野原町) (34)
外観は迫力満点!!敵もビビるゾ!

甲斐国の岩殿城を連想させる奇岩の砦だが、頂上は狭く縄張りも簡素なものだった。
だが、物見としての眺めは絶景である。

丸岩城 (25)
土塁が周回する主郭。

丸岩城 (42)
街道の見張りには絶好の場所だ。

丸岩城 (75)
狭いといっても山頂付近を可能な限り削平して部隊が駐屯出来るように加工した跡が見られる


【横壁城】

ここを記事にしているのは「武蔵の五遁さん」・・・と後で気が付いた(笑)
長野原から高崎へ抜ける須賀尾峠の入口を監視する物見砦と城館がセットになった城だ。残念ながら国道406号線の工事により麓の居館部分が一部破壊されている。
丸岩城とセットで機能していたと思われる。

横壁城(長野原町) (75)
尾根を利用した居館部分。削平された雑木林の中に三本の堀切の址が残る。

横壁城(長野原町) (21)
堀跡。

横壁城(長野原町) (49)
急勾配を登ると砦跡。辿り着くまでが結構大変(汗)

せっかくここまで来たんだから登らにゃ損損、とばかりにイッキに駆け登る。景色が見える場所を探すのに一苦労・・(汗)

横壁城(長野原町) (63)
丸岩砦に籠る必要が無い時はここで充分物見の役割は果たせそうだ。


【長野原城】

長野原役場の裏山全体が城域で、役場の西側の細い林道から登るのだが、道路はかなり荒れていて落石も多くて小生の四駆も入れない。その昔は吹窪や下沢に通じる生活道路だったようだ。

長野原城 (25)
城域入口の二重堀切の北側には長大なL字の横堀があり城の主要部のある斜面への侵入を拒んでいる。

長野原城 (55)
本郭の標柱。こんなところに幟旗をたてるぐらいなら役場から城跡への案内看板でも立てたほうが良いと思うが・・・。

長野原城 (67)
秋葉山出丸。

築城に至る経緯は定かでないが、地元の豪族である羽尾氏が関連したものと思われる。
戦国時代、真田幸綱(幸隆)の親族である鎌原氏は領土の境界線を巡って度々羽尾氏と争いを起こした。羽尾氏は上杉謙信と通じていた岩櫃城の斎藤氏の配下となった。その後この城は武田方の真田氏と上杉方の斉藤氏の壮絶な戦いの舞台となったようで、最終的には真田氏が岩櫃城の斉藤氏を破り、長野原城には真田氏配下の湯本氏が入城したという。

長野原城 (79)
周辺を険しい崖に囲まれている箱岩城。

長野原城 (105)
城域の東端にある天狗岩物見からは吾妻川の渓谷を挟んで横壁城、丸岩城が良く見える。

上州の吾妻~沼田を巡る戦国時代の攻防戦は、在地土豪の領土争いからやがて武田VS上杉の代理戦争となり、武田滅亡後は真田VS北条、時々景勝がチョッカイを出すという様相を呈して最終的には北条の滅亡のトリガーとなった。

そんな事を考えながら上野国を巡ると、妄想は果てしなく続くのであります・・・・(笑)

長野原城 (104)
天狗岩物見は本当に危険なので、見学の際は自己責任でお願いします。

さて、この城砦群のレポートもいつになるやら・・・・「安心して下さい、生きていたらいつか書きますよ!!(爆)」





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Posted on 2015/10/06 Tue. 21:29 [edit]

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