らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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村松殿館跡 (小県郡青木村村松)  

◆日当たり良好の高台にある真田信繁の長姉「村松殿」の屋敷跡◆

某国営放送局の大河ドラマ「真田丸」の6/50が放映された。

我々のような中世城郭ヲタや戦国時代ヲタ、武将ヲタを巻き込んでの全国区の関心の高さは凄い・・・(汗)

twitterの世界では無名な小生でも「♯真田丸」でつぶやくとRTでの反応が即座に為されるのには驚く。

せっかく真田の郷の近くに住んでいるので、地元ならではの「真田丸」関連の史跡をご紹介しましょう。

今回ご案内するのは「村松殿館跡」(むらまつどのやかたあと)。
ドラマでは木村佳乃が演じる大泉信幸と堺信繁兄弟の長姉である「松」殿の居館跡と伝わる場所である。

村松殿館跡 (15)
最近新設された案内看板。県宝の宝筐院塔と抱き合わせだが、明らかに真田丸効果を期待して作られたようだ・・(笑)

【立地】

現在の国道143号線の村松は嘗ての東山道の浦野駅(うらののうまや)に隣接する場所で、古くからの交通の要衝であった。戦国時代には保福寺峠や青木峠(地蔵峠)を介して筑摩郡と境を接する場所ということもあり、街道筋を抑えるために黒丸城が築城され、居館の背後には特異な山の嶺に築かれた子檀嶺城が聳えている。
上田市より松本市へ向かう国道143号線を走り、青木村役場入口の看板を右折して進むと誘導看板が立っている。

村松殿館跡 (1)
T字路の角に「村松の宝篋印塔」(長野県宝指定)の東屋があるので、その上の地籍が「村松殿居館跡」になるという。

村松殿館跡 (7)
年代物の標柱。「この上が真田幸村公義兄小山田壱岐守茂誠公館跡」とある。

【館主・館歴】

面倒なので、ウィキペディアに記載されている「村松殿」を引用転載させていただくことにする。

村松殿(むらまつどの、永禄8年(1565年) - 寛永7年6月20日(1630年7月29日))は、戦国時代から江戸時代前期にかけての女性。小山田茂誠の正室。真田昌幸の長女。子に小山田之知。

永禄8年(1565年)、真田昌幸の長女として誕生。母は山手殿(遠山氏とも)。名は於国。弟に信之(信幸)・信繁(幸村)らがいる。

天正10年(1582年)前後に甲斐国都留郡の国衆・小山田氏の一門である小山田有誠の子・茂誠に嫁いだ。この婚姻が縁で茂誠は後に昌幸の家臣となり、信之の家老となった。また、夫・茂誠が昌幸から小県郡村松(現在の青木村)を領地として与えられ、そこに住んでいたため、村松殿と呼ばれた。なお、1582年に武田家が滅亡した後、織田信長に臣従した際に、真田昌幸は娘を人質として安土城へ送っているが、村松殿であった可能性もある。

長姉として、信之や信繁に敬愛されていたらしく、信繁が彼女宛てに書いた手紙が残されている。

寛永7年(1630年)6月、死去。法名は宝寿院殿残窓庭夢大姉。

村松殿館跡 (17)
最近新設された居館跡の説明板。

小山田茂誠が真田昌幸よりこの地を与えられたのが天正十八年(1590)とされているので、少なくとも天正壬午の乱の時の村松殿の呼び名は違っていたと思われる。
ドラマでは琵琶湖で身投げして船頭(または漁師)に助けられ二年間記憶喪失となった筋書きを採用している。これは江戸時代後期に真田氏の軍記ものとして書かれた「加沢記」が出典元であろうが、加沢記も甲陽軍鑑と同じく信憑性に疑問があるらしい。

村松殿館跡 (19)
南北朝時代の宝篋印塔は大変価値のあるものだが、それよりも松殿の居館跡のが人気らしい・・(汗)


【館跡】

説明板の地図を頼りに歩いてみると、居館跡と推定される現地は南向きの高台で、中心部には石垣を施した立派な民家が立っている。小山田家は関ヶ原の合戦後、信幸の松代移封に伴いこの地を離れている。
往時を偲ぶ遺構は無いが、日当たりの良い高台の一等地で、昌幸が小山田茂誠夫妻に知行地として与えたのは合点のゆく話である。

村松殿館跡 (6)
巨石の石積みは近代のものであろう。

村松殿館跡 (9)
東側から見た居館跡地。

村松殿館跡 (22)
北側から見た居館跡。

加沢記によれば、琵琶湖に身投げした松殿は、二年後に記憶が戻り真田家に復したという。
小山田茂誠はその後真田信之の家臣となり、大阪夏の陣では病に臥した信之の名代として出陣した信吉、信政兄弟に従い従軍。(その際、親交のあった信繁からの最後の手紙を受け取った事は有名) その後松代藩においては代々次席家老の家柄となった。

さて、真田丸では、どのように描かれるのか楽しみですね。


≪村松殿館≫ (むらまつどのやかた)

標高:635m 比高:5m
築城年代:不明
築城・居住者:小山田氏(村松殿)
場所:小県郡青木村村松
訪問日:2016年2月214日 
お勧め度:★☆☆☆☆ 
館跡までの所要時間:- 駐車場:無し
見どころ:特になし
注意事項:私有地なので無断侵入厳禁、プライバシーにも注意
参考文献:
付近の城址:子檀嶺城、西城、東城、黒丸城など

松代ウォーク2015 (1)
松代町に残る小山田茂誠の屋敷跡。






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Posted on 2016/02/16 Tue. 23:04 [edit]

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