らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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鍋山城砦 (松本市会田)  

◆山村集落の物見砦◆

上田市内は真田丸効果で、平日でも県外ナンバーの車両が溢れ上田城周辺の駐車場はいずれも満車で市街地は大渋滞・・・(汗)

観光客用の新しい駐車場(約280台収容)が完成しているのだからさっさと運用すれば良さそうなものを、4月1日からの運用方針を変えないのはいかにもお役所仕事である。

相変わらず「真田十勇士」に固執して税金の無駄遣いを続けるおバカな市長。優秀なブレーンがいないと歯止めが利かないらしい。

まあ、来年は閑古鳥が鳴くであろう上田市を脱出して向かったのは松本市四賀地区。小生が大好きな会田虚空蔵山城が聳える。

会田虚空蔵山城砦群(2015) (147)
会田宿の南側から見た虚空蔵山城と城砦群。

ここは真田丸で登場した上田市と坂城町の境に聳える虚空蔵山城(別名:村上連珠砦)と区別するために「会田虚空蔵山城」と呼ばれている。

実はここは戦略上の要衝である事もさることながら、中信濃の最大の宗教空間としての利用価値に目を付けられ大勢力が改修した事について、現在そのなぞ解きを松本市教育委員会が毎年発掘調査によって解明している最中だという。

会田虚空蔵山城砦群(2015) (148)
立峠(たちとうげ)を越えれば、信濃のスクランブル交差点としての戦国期の信濃の要衝の青柳城・麻績城がある筑北に至る。

会田虚空蔵山城関連で真面目に書いた記事は現城(うつつじょう)ぐらいなので、こりゃあ本腰入れて真面目に再調査して掲載しないとイカンと思ってます。
その第一弾が「鍋山城砦」(なべやまじょうとりで)

雨戸屋城 (3)
県道302号線の西ノ宮地区から林道を五本峠に向けて進み途中から五輪平集落への林道を西へ向かう。(写真は五本峠)

【立地】

明科町との境界に近く、882.7m峰の東の小山で、鍋山集落の東、五輪平集落(現在は立ち入り禁止)の南、日向集落の北に当たる山である。東の山尾根を辿ると秋葉様の峰になり、更に東に進むと五本峠を経て雨戸屋城に至る。古くから交通の要衝にあたり、砦を取り巻く山道は会田から登る善光寺街道と合流し立峠あるいは花川原峠を終えて筑北村に続く。

IMG_5126.jpg
砦の手前の南尾根から見た刈谷原方面。

【城主・城歴】

ここを以前に調査したという我が信濃先方衆の同胞の「ていぴす」殿の話では、この鍋山城砦の北側の五輪平(現在は廃村となり立ち入り禁止の立て札がある)には宝篋印塔や立派な墳墓があり豪族が支配しいたことが伺えるという。また山道には馬頭観音や道祖神が多く祀られているので、往時はかなり往来が盛んだったと推定される。

鍋山城砦見取図① 001
単郭の物見程度で頂部以外はあまり加工されず自然地形のままだったようだ。

IMG_5125.jpg
砦の東側を周回する林道の手前から尾根伝いに登る。5分もかからずに頂部に辿り着く。

鍋山城砦(松本市会田) (4)
頂部は平坦地となっていて朽ち果てそうな祠があった。

【城跡】

東西に細長い平坦地が頂部にあり、人工的に加工された形跡はなく地山そのものである。ただ、往時は雑木林も無く見晴らしもかなり良かったと思われるので、虚空蔵山城の物見として利用されたものと思われる。

鍋山城砦(松本市会田) (3)
地元では「あづまい様」と呼ばれていたという吾妻大神の祠。誰も手入れすることが無く朽ち果てていくのであろうか。

鍋山城砦(松本市会田) (5)
唯一南側に視界が開けるが、雑木が邪魔して景色はよくない。


【鍋山城砦】 (なべやまじょうとりで)

標高:880m 比高:285m (県道より)
築城年代:不明
築城者・居住者:不明
場所:松本市五常
訪問日:2016年3月27日
お勧め度:★☆☆☆☆ 
所要時間:10分 (林道脇より)
見どころ:特になし
周辺の城跡:雨戸屋城、笹ヶ城、会田虚空蔵山城砦群
注意事項:険しい林道を経由するので軽自動車の四駆でないと無理。徒歩でもいいが遠い。
参考文献:「信濃をめぐる境目の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)

会田虚空蔵山城砦群(2015) (73)
虚空蔵山城「峰の城」から見た雨戸屋城と鍋山城砦。(2015年5月撮影)










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Posted on 2016/03/31 Thu. 07:43 [edit]

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