らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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上境城 (飯山市一山)  

◆主郭背後の巨大な二重堀切が美しい千曲川沿いに築かれた上杉方の監視砦◆

桜前線の北上スピードが今年はいつもより早いらしい・・・(汗)

飯山城跡が本日のニュースによると、今日で桜が満開になったという。例年よりも10日以上早い勘定である。

枡形城(高山村) (157)
2014年4月27日に撮影した高山村の山田城(枡形城)の麓における満開の桜。飯山城も例年は似たような日程での開花となる。

「生き急いでみるか・・・」 (笑)

思えば昨年の信濃先方衆のラスト遠征は小谷村であった。今年は今週末16日の飯山市で「ジ・エンド」となる予定が組まれている。

で、今回ご案内するのは先日単独で訪問した飯山市の上境城。甲越紛争時の上杉方の境目の城で、なかなか秀逸な遺構が残る。

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城跡の最上部まで車道が入るが林道に近い路面状態なので四駆でないとスタックする可能性がある。自己責任で。

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後で知ったのだが、城跡として二年前に整備されたようである。が、訪問時に標柱は見当たらず二重の堀切がお出迎えしてくれた。

【立地】

千曲川の左岸、上境の集落の東丘陵が城跡のある城山。千曲川はこの丘陵の下で大きく蛇行し急崖となっている。千曲川からの比高は185mあり、対岸の野沢温泉村の様子がよくわかる立地である。

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城跡から見た千曲川と対岸の野沢温泉村方面。

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車を降りるとすぐに城域北側のデカい堀切がお出迎え。あまり期待していなかったので、これにはビックリ(笑)

【城主・城歴】

「長野県町村誌」によれば、「村の中央より辰の方、千曲川沿岸の山頂に在り。七階の平地、正面に面し、二重の堀切を以て、後ろを固め、礎及び泉石等今に存す。西傍に清水あり。前には四十間余の馬場あり。詰ノ丸には桜の古木あり。後嶺は広原にして、操練場とも謂う可き地あり。本城は文明年間 尾崎政重の弟、上境四郎重永、之を築き居城し、其孫隼人経永、永禄年間下今井に移り、氏を今井と称し、上杉輝虎に属し、外様十人衆に列す。慶長三年戌、陸奥国会津に移り、城址荒廃、方い海士は草山となる。」

上境城見取図① 001
「中条城・累城」を連想させる尾崎一族の独特な縄張で、上杉方による大規模な改修と補強がされたようだ。

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二重堀切の外堀(上巾7m)の堀底から見た千曲川。こういう景色には中々お目にかかれない。

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二重堀切の外堀の西側は藪になりつつあるが、斜面に対して竪堀を刻んでいる。

【城跡】

千曲川に張り出した丘陵に対して、高低差を利用して七段の段郭を加工度の高い切岸で区画している。
背後の二重堀切は、元々外側に一条しかなかった堀切を内側に一条更に増設したものと考えられるがどうであろう。この造作により主郭は二重堀切に挟まれた「郭7」と分割されるが、上巾13mの背後の堀切は強力な防衛ラインとなりウィークポイントであった城域の北側の不安は解消されている。

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見る者を圧倒する主郭背後の横堀(上巾13m)

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外側の堀切と比較すると深さも幅も違っている。気合入れて作ったゾ!って感じ。

上境城2 (13)
二重堀切に挟まれた郭7。(2016/04/16撮影)

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西側斜面に対して竪堀となるが、城域の東西の斜面は傾斜が急になるので長くする必要は無かったようである。

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東斜面。急崖となるので竪堀への加工は不要だったようだ。

主郭から南側にかけて六段の郭が造成されているが、葉の落ちた低い背丈の雑木の藪に覆われていてかなり歩きづらい。
整備状況から見ると、二年前の公園化計画によ雑木が刈り払われたが為に逆に日当たりが良くなりすぎて低木な藪が大いに繁殖したのであろう。

上境城 (30)
主郭背後の土塁。堀切の造作に伴い掻き上げた土で背後を固めたと思われる。

上境城 (32)
主郭には泉石と呼ばれる礎石のようなものが残る。

上境城 (34)
南側に向かって一段下がっている郭1.南北36m、東西最大32mの長方形。

上境城 (32)
郭1と郭2は落差を付けて加工度の高い切岸で区切っている。この切岸だけで充分な防御だ。

上境城 (39)
郭2と郭3は土塁による区画だったようだが、藪に覆われていて詳細が掴めない・・(汗)

上境城 (46)
郭3から見た北方面。主郭の高さが際立っているのがお分かりいただけるでしょうか。

上境城 (47)
郭4。郭3との区切りの切岸も結構鋭い。

さて、この城の6段の郭の大手はどこであろう。縄張図の南下に竪堀が入っているので、ここから入り郭8を経由して郭4と接続する竪堀から主要部に通じたものかもしれないと宮坂武男氏は記述している。

上境城 (52)
郭4の西側には段下の郭8と連結用の竪堀が確認出来る。

上境城 (54)
郭4から見た段下の郭8

上境城 (75)
南側の林道から見上げた郭8に通じる竪堀。試しに登ってみたが藪が酷くて・・・(笑)

上境城 (65)
郭5と郭6の切岸。丁寧な仕事をしている。

上境城 (57)
城の西側には一山(いちやま)の大久保集落が見える。

甲越紛争が激しさを増していく中で、上杉方により千曲川の対岸の岳北を見張るために増強された砦であることは充分に考えられる。外様十人衆の一人である今井氏が平時の監視を命じらて守っていた可能性も高い。

林道が縄張りの外郭を巡っているが奇跡的に破壊を逃れたのは幸いである。「中条城・累城」を連想させる類似した縄張で加工度は高い。軽自動車ならお手軽に城跡まで横付け出来るので、飯山方面の山城探訪の際には是非訪れていただきたい城である。

上境城2 (22)
御膳清水と呼ばれる城の水の手。現在も滾々と水が湧いている。(2016/04/16撮影)


【上境城】 (かみさかいじょう)

標高:484m 比高:185m (千曲川より)
築城年代:不明
築城者・居住者:不明
場所:飯山市一山大久保
訪問日:2016年4月2日、2016年4月16日
お勧め度:★★★★☆ 
所要時間:-
見どころ:長大な二重堀切、連郭、切岸
周辺の城跡:大倉崎館、犬飼館、神戸城、五束城、北条城、小境城など
注意事項:特になし
参考文献:「信濃をめぐる境目の山城と館⑧水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)

上境城 (69)
その城の名が示す通り「境目の城」である。対岸には武田方の市河氏が領有する野沢温泉が目と鼻の先に見える。

上境城 (78)
千曲川沿いの飯山線上境駅付近から見た上境城。

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Posted on 2016/04/17 Sun. 10:14 [edit]

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