らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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犬飼館 (飯山市瑞穂)  

◆後世に残して欲しい貴重な中世の館跡◆

ここの館は「いいやま菜の花まつり」の会場のすぐ近くにある。

先週の4月16日に飯山付近の攻城戦を敢行していたが、今年の春先は例年よりも気温の高い日が続いたせいか桜も菜の花も満開だった。おそらく菜の花祭りの開催される5月3日~5日は花など散ってしまって「お終い」と思われる・・(汗)

菜の花と桜のコントラストは今週末までが見ごろのピークだと思うので、見物予定の皆の衆、急がれよ・・(笑)

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「菜の花公園」を通りがかったついでにパチリ。桜の花と菜の花畑のコントラストが素晴らしい。(2016.4.16撮影)

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近くば寄って目にも見よ。幟旗が邪魔だ・・・運転中の撮影は危険です・・・・(笑)

今回ご案内するのは、「いい形」で残っている中世居館の「犬飼館」。ここでも菜の花は見れます・・・(しつこい)

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居館の南側大手付近から見た館。ここでも充分に菜の花祭りは出来る・・・(爆)

【立地】

飯山市瑞穂地区の宮中丘陵が彦四郎川で切断された、独立した小高い丘に居館跡がある。館の周囲は現在水田になっているが、往時は水堀あるいは泥田として防御構造になっていたものと推察できる。

犬飼館 (2)
館の東側。水田となるのは近年の話なので往時は沼地か泥田であったと思われる。

犬飼館見取図① 001
近年、館の南側にバイパスが作られたが、幸いな事に居館跡は破壊されずに済んだ。

犬飼館 (4)
これほど見事な遺構だとは思わなかった。

犬飼館 (5)
南東方面から見た館跡。素晴らしい。

【城主・城歴】

館主は中世に木島、毛見、小見氏等と活躍した犬飼氏で、室町時代になると浅野氏が現れ、やがて高梨氏が進出してきたと同時に犬飼氏は姿を消した。戦国時代は高梨氏の配下の草間氏が領有したというが、その後の事ははっきりしない。

犬飼館 (7)
これほど綺麗な形で残る中世の土豪の居館跡は珍しい。

【館跡】

主郭は台形で、八幡社が祀られているが、背後には土塁痕が一部残る。四隅に土塁の痕跡が残るので、往時は周回していたことが想定される。農地整備に伴い、郭2び東端にあった井戸は破壊されたらしく痕跡も確認出来ない。
北西側は郭3が張り出し、西側を郭4の帯郭が落差の厳しい切岸を介して主郭への侵入を拒んでいる。

犬飼館 (8)
居館の東側の郭2の端に井戸があったらしいが農道の開通に伴い消滅したという。

犬飼館 (10)
南側から主郭に入る大手道。こんなにストレートというのは神社の参道として改変されたのであろう。

犬飼館 (13)
素晴らしい切岸が残る。

犬飼館 (14)
八幡社が勧進されてる本郭。耕作地にはなっているが、酷い改変を受ける事無く幸いにしていい形で残った。

犬飼館 (16)
八幡社の裏の祠と石仏。地元の方に大事にされてきたと実感出来る瞬間ではある・・。

犬飼館 (18)
北西に突き出す郭3.土塁を伴い区画されているが、藪が酷く写真映えしない。

犬飼館 (19)
帯郭として西側を守る郭4。

ここの詰め城は東南東約2kmの城山(864m)に位置する犬飼山城とされるが果たしてそうであろうか。
息絶え絶えに犬飼山城を攻め落としてきた我ら信濃先方衆には、この館はあまりに遠すぎると感じたが、如何であろうか・。

犬飼館 (9)
居館跡から見る犬飼山城。ショートカットして比高を200m縮めたが片道60分の尾根筋は苦痛であった。


【犬飼館】 (いぬかいやかた)

標高:322.2m 比高:10m 
築城年代:不明
築城者・居住者:不明
場所:飯山市瑞穂
訪問日:2016年4月16日
お勧め度:★★★★☆ 
所要時間:-
見どころ:郭、切岸など
周辺の城跡:大倉崎館、犬飼城、神戸城、五束城、北条城、小境城など
注意事項:特になし
参考文献:「信濃をめぐる境目の山城と館⑧水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)

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Posted on 2016/04/19 Tue. 21:26 [edit]

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