らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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水番城 (松本市入山辺)  

◆林大城の水の手を守る連続畝状竪堀が美しい砦◆

実はこの水番城(すいばんじょう)、2013年2月に相方の「ていぴす殿」に案内して頂き登城したのだが、ピンボケ写真ばかりで記事に出来ず保留、挙句の果てにスルーしていた・・・(汗)

「どげんかせんといかん!!」(笑)  中信濃もアップ出来ずにデッドストックとなっている山城がたーんとあるのだ。

水番城 (3)
神社の勧進された北端の郭のていぴす殿(2013年2月10日撮影)

今年の2月、写真の撮り直しも兼ねて3年ぶりに再訪問。前回とは違う橋倉集落からの登城を目指すも降雪が酷くなり断念。30分後に通常の神社参道からアタックして再突入に成功する。

水番城2016 (97)
南方の集落の登り口には昨年新設された史跡の表示板があり驚いた。(縄張図は宮坂武男氏の作図を採用している)

【立地】

入山辺の薄川の左岸、林大城の東側、橘集落を間に挟んだ700mの至近距離に水番城がある。城名が示す通りに林大城の水源を守る城で、両城の南の尾根を辿れば、やがて合流するために、大城とは切っても切れない関係にある。登り口は橋倉よりの沢筋の道もあるが、途中から険しく道形も不明瞭なので、南方から神社の参道を登るのが一般的である。

水番城2016 (1)
南方からの参道も結構厳しいが塹壕のような道を辿れば北端郭(神社)に10分程度で着く。

水番城2016 (6)
秋葉社の社殿のある郭は入山辺の谷筋の見張には最適である。

水番城2016 (10)
秋葉社からの平坦な尾根を約70mほど進むと堀切と段差がある。

水番城2016 (12)
堀切㋐(上巾6m)


【城主・城歴】

「長野県町村誌」の入山辺村の項に「水番城址」として「当方南方耕地よりの巳の方十町余を隔て、日向山よいう小峰にあり。小笠原信濃守清宗 寛正元庚辰年(1460)築くと云ふ。分間詳ならずと雖も礎石を存す」とある。
林城の築城の頃に出城または砦として築かれ、水の手を守る為に番士がおかれたものであろうか。

水蕃城縄張図①
今回は親交の深いu-naomochi様の許可を頂き水番城の縄張図を公開。小生にはないセンスと美しい縄張図に脱帽です・・(汗)

水番城2016 (16)
堀切㋐からの切岸を登るとL字の平場となる。ここを右に向かうと橋倉の沢に入るので嘗ての大手筋はこの方面だったようだ。

水番城2016 (19)
深々と細雪が降る静寂な空間を50mほど進む。やはり重度のビョーキであろうか・・・(笑)

【城跡】

北に張り出した細長い尾根を加工し、ピークの主郭の背後を畝状の連続竪堀で贅沢に断ち切った特徴ある縄張を持つ。その名が示す通り、林大城の水の手を防御するための出城であり、かなり重要視された砦である。
かつての水の手は水番城の奥のカシハ沢から引水され、等高線を辿るように林大城まで引水されていたというが本格的な調査には至っていないという。その謎が明かされるとこの城の役割も明確になり結構面白いとおもうのだが・・。

林大城2016 (68)
写真は林大城の「姫の化粧水井戸」で、水番城から引水されていたという。今も水をたたえているが何で?

水番城2016 (20)
副郭手前の二重堀切。少なめの積雪は輪郭を際立たせる効果があるので、茶色一色の世界よりは見栄えがするようだ。

水番城2016 (22)
堀切㋒(上巾5m)

水番城2016 (28)
堀切㋓(上巾8m)。自分の足跡も新鮮である・・(笑)

水番城2016 (33)
郭2から見下ろした北尾根の二重堀切。

●主要部

㋒・㋓の二重堀切を乗り越えると段郭を介して副郭、主郭へ続く。もちろん、主郭へは直接入れるはずはなく、南側に迂回して背後の連続竪堀から入ったものと推定される。
主郭は土塁が欠損しているが往時は全周していたものと推定され、主郭背後は石積みで防御が強化されている。

水番城2016 (34)
副郭(10×15)

水番城2016 (35)
主郭の北側の縁。石積みが周回していたようである。

水番城2016 (36)
主郭は楕円形で土塁痕が僅かに確認出来る(31×13)

水番城2016 (41)
こんな小さな主郭に石積みが多用されているのは驚きである。

●畝状竪堀群

この城の最大の見どころは主郭背後の畝状竪堀群で、傾斜の緩い西斜面に対してはかなり念入りに工事が施工されている。長大な竪堀を重ねて畝状の竪堀を刻む縄張は林小城、宮原城にその類似性を見ることが出来る。この縄張と土木技術は小笠原長時の後継である貞慶が徳川家康の後ろ盾により信濃に復帰した天正壬午の乱の改修であろうと推定されるがどうであろうか。

水番城2016 (39)
主郭から見下ろした背後の連続竪堀群。

水番城2016 (46)
堀切㋔(上巾9m)

水番城2016 (50)
東斜面の連続竪堀㋖

水番城2016 (49)
西斜面を下る堀切㋕

水番城2016 (60)
補助線を入れなくても良いような気もするが・・・(汗)

水番城2016 (62)
畝状竪堀は堀切㋗で終息する。

水番城2016 (64)
堀切㋗は結構長く鋭い(上巾7m)

●搦め手筋(水の手側)の処理

畝状連続竪堀の処理が堀切㋗で終わり、南尾根の搦め手筋を進むと厳しい最終の堀切㋘で城域は終わる。この堀切は結構鋭く落差もあるので水の手を守る最終の防御システムとしては有効である。

水番城2016 (67)
搦め手筋の尾根(全長64m)

水番城2016 (69)
結構エグい堀切㋘の西斜面。

水番城2016 (77)
東斜面を下る堀切㋘

水番城2016 (74)
堀切㋘を越えた先に水の手の取水施設があったというがハッキリしない。

中信濃の山城は、「小笠原流」と呼ばれる長大な竪堀と連続する畝状の竪堀、そして石積みを組み込んだ独自の築城技術のドクトリンの派生形が多くため息が出るくらいの美しさに魅了される。
水番城も、その大きさには不釣り合いな西9条、東6条の畝状竪堀群を装備した中信濃を代表する砦には違いない。
林城(大城・小城)とセットで訪れて欲しい要塞である。

水番城2016 (84)
畝状竪堀群を集合堀として合流させる技術もこの地方独特であろう。

≪水番城≫ (すいばんじょう 南方山)

標高:845.4m 比高:165m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:松本市入山辺南方
攻城日:2013年2月10日、2016年2月17日
お勧め度:★★★★☆ 
城跡までの所要時間:15分(南方集落より)
駐車場:無し(集落内の道路は狭いので路駐禁止。麓の神社脇にスペース有り)
見どころ:畝状竪堀群、石積みなど
参考文献:「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版)
注意事項:登り口には害獣除けのフェンスがあるので開けたら必ず閉める事
付近の城跡:林大城、林小城、宮原城、桐原城、山家城など
Special Thanks:u-naomochi様(縄張図借用)、ていぴす殿(初回アテンドお礼)

水番城2016 (100)
北側より見た水番城遠景。



Posted on 2016/05/24 Tue. 22:35 [edit]

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