らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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小野平城 (長野市小田切)  

◆小田切氏の境目の物見砦か?◆

本日の鈴木会長の懺悔によれば、スズキも16車種(ってほとんどじゃん・・)で燃費の不正測定を行っていたらしい・・・(汗)

我々消費者はカタログ数値の「JC08モード」は目安でしかない事など承知している。小生の愛馬のジムニーがJC08モードでは1L当たりの燃費は「13.6km」のカタログ表示だが、実際は街乗りで平均10.0km程度なので20%~30%の誤差は許容範囲である。

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不整地における走破性の高さと燃費は反比例するのは当たり前。燃費や居住性をを気にする方にジムニーは向いていないのだ。(写真は飯山市の田草城の登り口)

残念ながら国産自動車の最大のセールスポイントは「燃費」らしい。若者の車離れはもちろんだが、このままでは我らクルマニアの昭和世代もソッポを向くつまらない国産車のラインナップは個性的な輸入車に負ける日も近いと思われる・・・。
そんな中にあって1998年以降フルモデルチェンジの無い現行型ジムニーは、間違いなく硬派で頑固一徹である・・・(笑)

まあ、そんな話はともかく、今回ご案内するのは戸隠と七二会の境界に位置する小野平城。

小野平城 (33)
駐車場から西に登れば朝日城、東に向かえば小野平城となる。

【立地】

七二会と戸隠の境で小野平集落の後背に位置し旗古山(はたごやま)と呼ばれる西に突き出した尾根先にある。北西には小野平峠があり古くから犀川と裾花川を結ぶ古道が通っている。 朝日城が林道を挟んで西側に隣接している。

小野平城 (6)
藪を入り進むと堀切㋐と一段高い削平された場所に入る。


小野平城縄張図①
西側を警戒している縄張の指向性が見て取れる。

【城主・城歴】

「長野県町村誌」には波多古城(はたごじょう)について「郷社の東北、坪根峯の頂上にあり。某の居城なるか不詳」としている。立地から考えると小田切氏の領土の北端に位置しているので北側の戸隠方面と西側に隣接する春日氏への見張砦として機能していたように思えるがどうであろうか。

小野平城 (8)
ド藪の中の堀切㋑と㋒。

小野平城 (29)
藪が酷すぎて写真を写しても無駄だった堀切㋓と郭2。

【城跡】

旗古山(はたごやま)と呼ばれる三角点のある頂部の塚とその周辺が郭1で、西側に郭を重ねた連郭式の単純な縄張で、郭の間を堀切で遮断している。
訪問した時期が悪く、藪で細部を捉える事が出来ず、全体的な形の把握に留まったのは残念だった。朝日城との関連は不明だが、物見砦としては一応の形を整えているので、小田切氏が利用していたのはこの場所と考えるのが妥当であろう。

小野平城 (12)
上幅9mで城内最大の堀切㋓。切岸も結構鋭いのだが、藪・藪・藪・・・・(汗)

小野平城 (24)
郭1のマウントにある三角点。

小野平城 (22)
郭1には「旗古山1167m」の表示がある。トレッキングコースからは外れているので誰も来ないだろう。

小野平城 (21)
郭1全景。「こんな写真、撮りとうはなかった・・・(笑)」

藪の無い城の写真を所望の方は、あおれんじゃあ様の「北緯36度付近の中世城郭」⇒陣場平城砦群をご覧くだされ!


≪小野平城≫ (おのだいらじょう 波多古城 旗古城)

標高:1166.9m 比高:215m (小野平集落より)
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:長野市七二会小野平
攻城日:2015年9月23日
お勧め度:★★☆☆☆ 
城跡までの所要時間:10分(坪根駐車場より) 
駐車場:有り
見どころ:堀切跡など
参考文献:「信濃の山城と館②更埴・長野編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版)
注意事項:林道は狭いので走行注意(落石注意)
付近の城跡:葭雰神社、萩野城、朝日城など
その他:この地域の林道や県道はすれ違い困難なので注意しましょう。
参考サイト:北緯36度付近の中世城郭~陣場平山城砦群

戸隠その他 (5)
戸隠栃原から見た小野平城とその周辺。

Posted on 2016/05/20 Fri. 08:24 [edit]

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