らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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とんば城 (飯山市静間鳶ヶ沢)  

◆信玄が自落退散を願った亀蔵城はここだったのか?◆

もはや標高の高い山々も新緑が覆う良き季節となりました。

本日は大町方面を探索しておりましたが、林道封鎖や土砂崩落による災害復旧工事等でお目当ての山城が二か所ほど見れず、急遽代替えで「猿」と名の付く城に突入しました・・(笑) そのレポートは近々という事にしましょうか・・・。

今回ご案内するのは、北信濃侵攻の障害として信玄の怒りを買ったという飯山市の「とんば城」。

とんば城 (74)
県道97号線を斑尾高原に向かう途中の牛ヶ首集落に入り、農業用の通路を清川の谷に向かう(軽自動車なら途中まで入れる)

【立地】

斑尾山を源流として静間地区を流れる清川の渓谷の左岸に突き出た小山に位置する。現在、周辺は耕作地として開墾されており城跡までの道はは結構分かりづらい。

とんば城 (73)
農道はコンクリ舗装なので軽自動車の2WDでも行けるでしょう。

とんば城 (72)
途中を右に折れると廃車の軽トラがあり、その先の畦道を辿る。右に折れず直進してカーブ手前の尾根先を下りても行けます。

とんば城 (71)
この畦道を進みその先の斜面を下りると、とんば城への入口になります。

【城主・城歴】

長野県町村誌の上倉城の項に「当町申の方一里を距て字鳶ヶ沢にあり。僅かに石壁を存す。文明年中、泉小次郎親衛十三代の孫、上倉重安の築くところなり。重安の後裔上倉右近安元、上杉輝虎に属し、慶長三年上杉景勝に随従して奥州会津に移る。後城廊廃壊す」とあり、「上倉城址」の図がある。

とんば城 (68)
清川の渓谷に突き出た小山が「とんば城」の城跡になります。

上倉城跡
長野県町村誌に掲載されている上倉城址の見取図。

信玄には「上倉城」(かみくらじょう)が、⇒「亀蔵城」(かめくらじょう)と伝わったようだ。


【「定本 北信濃の城」における「とんば城」の考察】

北信濃、特に飯山地方の中世城郭の第一人者として著名な郷土史研究家の松澤芳宏氏は「定本 北信濃の城」(郷土出版社 1996年発刊)の「とんば城」(P51)の解説で以下の考察を述べられているので引用させていただく。

「永禄三年(1560)九月、武田信玄は佐久郡松原社に奥信濃の亀蔵城(須坂市説もあるが永禄十一年の信玄書状によると飯山地方に亀倉がある)の10日以内の自落(自分で放棄する)退散を祈っている。いったいこの城はどこであったのか。

従来、この城は飯山城との説が強かった。しかし、信玄は弘治三年(1557)と永禄十一年に飯山の名を使っており、飯山城ならばはっきり飯山と書くはずである。飯山城は地元衆が臨時に集まる陣地であり、普段は地元衆はそれぞれの在所に城館を持っていた。
特に上倉氏と奈良澤氏は斑尾山麓の清川渓谷に城を持ち、越後に抜ける街道筋を押さえていた。信玄は上倉氏らを追い払う事が主目的で、飯山城やとんば城も含めた、複数の城館の陥落を亀蔵城自落退散の言葉に込めていたのではなかろうか。」

とんば城見取図①
現場の実体を知れば信玄も烈火の如く怒ったであろう縄張・・(笑)

とんば城 (66)
パックリと大きな口を開けたような堀切㋑。

とんば城 (64)
堀切㋑の断面図。物見砦ならばこの一条の堀切で充分であろう。

とんば城 (10)
堀切から帯郭を重ねます。

とんば城 (11)
切岸も結構厳しい角度。天然の地山では無いという証はこの角度で証明される。

【城跡】

清川の深い渓谷に突き出た要害の地で、北側を除く三方は急崖となっていて獣ですら寄せ付けない。主郭は頂部に櫓台状の郭と併せて二段で構成され、南側に三段の削平した郭を持つ連郭式の縄張りである。その先に堀切を穿っている。
上倉氏の居館跡についてははっきりしていないが、とんば城の北側(現在の耕作地)あるいは牛ヶ首集落にあったと想像される。

とんば城 (14)
主郭に続く犬走のような細い郭。

とんば城 (17)
主郭背後の堀切㋒(上巾7m)。これだけ藪に埋もれていると補助線も意味が無いので止めておく・・・(笑)

とんば城 (25)
櫓台状の郭と主郭。(南より撮影)

とんば城 (24)
ほぼ方形の主郭(15×13)。北側の櫓台から撮影。

とんば城の最大の利点はその立地とロケーションであろう。静間方面や武田軍が進出している千曲川右岸の動静は手に取るようにわかり、斑尾山の北麓に通じる間道を抑えることで野尻方面・越後方面との連絡が密に出来る。

とんば城 (31)
これじゃあザックリし過ぎ・・・

とんば城 (32)
南側の田草城、小田草城。

とんば城 (29)
倍率上げて東方面。

とんば城 (33)
更に中野市方面まで見渡せる。

こんなに見えちゃったら信玄さんも迂闊に軍隊を動かせないので、神頼みしちゃう気持ちも分かりますw

とんば城 (37)
一段下がって郭2(7×11)

とんば城 (40)
更に下がって郭3.

とんば城 (43)
郭4。ここまで下がると藪との戦いになってくる・・・(汗)

とんば城 (47)
堀切㋓。ここに作る意味をあまり感じないが。

例の如くツラツラと写真を並べてしまいましたが、如何でしたでしょうか?
ちなみに信玄が亀蔵城の十日以内の自落退散の願文を捧げた松原諏訪神社は下の写真。
詳しく知りたい方は松原諏方神社を参照ください。

松原城 (8)

≪とんば城≫ (とんばじょう 上倉城・とんび城・城山)

標高:572.5m 比高:70m(南下の沢より)
築城年代:不明
築城者・城主:不明
場所:飯山市静間鳶ヶ沢
訪問日:2016年4月2日
お勧め度:★★★☆☆ 
所要時間:15分(牛ヶ首集落より)
見どころ:郭、堀切、展望など
周辺の城跡:坪根城、後谷城、飯山城、田草城、小田草城など
注意事項:耕作地経由で入る場合、人がいたら必ず挨拶して許可をもらおう。面倒な場合は農道東端から藪漕ぎで堀切㋐へ直行
参考文献:「信濃の山城と館⑧水内・高井・補遺編」(宮坂武男著 2014年 戎光祥出版)、「定本 北信濃の城」(1998年 郷土出版社)

とんば城 (76)
北東の県道より撮影したとんば城遠景。険しい山容なのがお分かりいただけるでしょうか。

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Posted on 2016/05/04 Wed. 09:36 [edit]

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