らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0922

妻の神土塁 (木曽郡南木曽町吾妻)  

◆軍事構築物として推定するには無理があるような気がするが・・◆

タイトルを見て読み仮名がすらりと言えた方は、この遺構が妻籠城の附属陣地だと教え込まれた方々であろうか・・。
※ちなみに「妻の神土塁」は「さいのかみどるい」と読む。

妻籠城 (4)
「妻の神土塁」を城の遺構として断定している書き方である。果たしてその根拠は何か?


【立地】

中山道を挟んだ妻籠城の東側に位置する。尾根自体は中山道に迫り出しているが、妻籠城の遺構と言われる直線状の土塁は尾根の北側の斜面を約400mの長さで遮断するように築かれている。竪堀でもなく、陣城の防御壁としても中途半端な構築物には違いない。

妻の土塁③ 001
パッと見ると陣城っぽいが、斜面を遮断する直線の土塁は境界線?コの字の土塁は動物用の柵があったか?

【現地の状況について】

●尾根上のコの字の囲み土塁

L字型で周囲を低い土塁が囲むが、過去に見てきた居館跡とか陣地跡と違って真面目に削平した人工的な郭ではない事が分かる。戦国時代の遺構であれば、斜面に高低差を付けて更に切岸等で防御を工夫しているものだが、ここでは全く何も無く単純に動物除けのようである。

妻の神土塁 (2)
尾根の上に展開する土塁の囲み地。現在も獣除けの電気柵があるので、この遺構もそれに類するもののような気がする。

妻の神土塁 (4)
尾根上をL字で折れて南へ延びる土塁⑤.内側に堀形があるので獣の囲いのようでもある。

妻の神土塁 (7)
土塁4と土塁5の間の枡形状の空間を抜けると道形があり東へ続いていた。


●中山道から尾根まで伸びる直線土塁

尾根の斜面を仕切るように約300mの直線土塁(高さ1m~2m)が伸びている。
宮坂武男氏も指摘しているが、これを戦国時代の遺構と見るのは無理があるように思える。
「何の為に、そして何を守るために構築されたのか?」が不明なのである。

妻の神土塁 (6)
土塁⑥。峠の境界線のようにも思えるが・・・・。

妻の神土塁 (17)
土塁⑥に対して北側垂直方向に伸びる横土塁。

妻の神土塁 (20)
土塁⑬から見た土塁⑥と土塁⑦。土塁が分断されている場所は通用口なのか?

妻の神土塁 (32)
中腹の土塁は高さ2mぐらいになる立派な造り。南斜面に堀形も伴う。

●陣地跡か?耕作地跡か?

土塁⑨の北側に削平地がある。ここは尾根上の囲み地と違ってしっかり削平されているのだが、どうみても耕作地のようだ。
北側の輪郭を囲むように土塁が構築されているが、その上に柵を立てて獣除けにしたと思われる。

妻の神土塁 (33)
広大な二段の削平地。

妻の神土塁 (34)
部隊が駐屯出来そうな広さではある。

●まとめ

現場を隅から隅まで歩いてみたが、正直なところ、この構築物が何なのかよくわからない。峠の境界線のようでもあり、土塁の上に柵を立てれば害獣除けとして充分な機能があるように思える。
説明板が断定するように妻籠城の対岸の軍事構築物であるとすれば、妻籠城の大手口付近と連携を想定出来るような土塁の接続があっても良さそうだが、特に何もない。関ヶ原合戦の時の守備隊の駐屯地と言われればそうかもしれないが根拠はない。

妻の神土塁 (38)
中山道と接続する最初の土塁⑪。妻籠城と連携させるならもう少し南へ折れても良いと思うが・・・。

ちなみに「妻の神」(つまのかみ)とは「道祖神」と同じ意味を持つ名前で、この場合は「村の境界線」を示す名前として使われた可能性が高い。なので、「妻の神土塁」とは「村(峠)の境界線の土塁」であり、軍事構築物とは違うように思うが、どうであろうか。考究を待ちたい。

≪妻の神土塁≫ (さいのかみどるい)

標高:507m 比高:40m 全長510m
構築年代:不明
構築者:不明
場所:木曽郡南木曽町妻籠吾妻(妻籠城の対岸の尾根)
調査日:2015年3月22日 
お勧め度:★☆☆☆☆
ピークまでの所要時間:10分 駐車場:道路脇路駐
見どころ:土塁、堀形など
注意事項:笹薮もあるので蛇対策は忘れずに(足首カバー、長靴など)
参考文献:「信濃の山城と館⑦安曇・木曽編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版 P510~511参照)
付近の城址:妻籠城、妻籠古城、神明砦など

妻の神土塁 (39)
ここは妻籠城をしっかり楽しむ事をお勧めしますw

Posted on 2016/09/22 Thu. 08:31 [edit]

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