らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0909

上之段城 (木曽郡木曽町福島)  

◆天正十二年、徳川を裏切り秀吉に寝返った為に小笠原貞慶に攻め込まれ焼き討ちされた義昌の居館◆

険しい木曽谷は、その地形自体が天然の防御であり、山城や砦など築かれなかったと思う方も多いと思われる。
小生もそう思い込んでいたのだが、屋敷址も含めれば実に80ヶ所以上あるという。

戦国時代に実際に戦場となった場所は、美濃国との境目の妻籠城、松本平との境目の鳥居峠、木曽氏の本拠地の福島ぐらいなので北信濃や東信濃に比べると人気が全くないには致し方が無い・・・(汗)

今回ご案内するのは、福島で唯一焼き討ちされたという史実の残る「上之段城」(うえのだんじょう)。

上之段城 (3)
城址は福島関所跡の東側の関山公園の入口で、木曽青峰高校の第二グラウンド付近。

【立地】

山頂に火燃山狼煙台が置かれた根井山の山裾の西端で、木曽川と八沢川の合流地点の手前に位置する。木曽川を挟んだ対岸には福島城、その山麓に木曽氏居館がある。また南の八沢川を挟んで小丸山城があり、木曽氏の本拠地を形成している。

上之段城① 001
上之段城とその周辺の航空写真(Yahoo地図を加工しています)

上之段城 (6)
水無神社(すいむじんじゃ)の大鳥居の脇から主郭のある小山に登ってみる。

【城主・城歴】

木曽氏は須原に本拠を置いていたようだが、応永年間に木曽親豊が小丸山城を築いて福島に本拠地を移し、後の永正六年(1509)に木曽義在が上之段城を築き、その子義康、孫の義昌も居城する。
木曽氏は武田氏に属しその姻戚として栄えるが、武田氏に衰退の兆候が見え始めると織田氏に通じ結果として武田氏滅亡のきっかけを作る事となった。

上之段城 (7)
本郭の手前に堀形のようなものもあるが、加工など無くほぼ地山だったようだ。

天正十年、武田が滅び織田が斃れ天正壬午の乱が勃発すると、木曽義昌は上杉に奪取された筑摩・安曇の失地回復を条件に徳川方に味方するが、小笠原貞慶が家康の後ろ盾てで深志に復帰したために約束は反故となった。天正十二年、家康との決着が避けられなくなった秀吉は小牧・長久手の戦いの最中に木曽義昌を調略。家康に不信感を募らせていた義昌はこれに応じ徳川から離反する。

上之段城 (13)
主郭の削平地。何の変哲もない。

家康は深志城の小笠原貞慶と伊那郡代の菅沼定利に木曽攻めを命じた。五月に貞慶は鳥居峠に進軍するが、義昌は辛うじてこれを迎撃し撃退した。続けて九月に伊那の菅沼が妻籠城に攻めかかり、義昌の重臣である山村良勝率いる木曽軍は籠城戦で持ちこたえ秀吉も森忠政の援軍を差し向けた。やむを得ず徳川軍は退却したという。(この時の戦の様子は妻籠城の記事を掲載する際に詳しく記載したいと思う)

上之段城 (17)
主郭から見下ろす二の郭(グラウンド)。比高30m程度である。

菅沼定利の妻籠城への進軍に併せて深志城の小笠原貞慶は再度木曽へ進軍。木曽方の贄川氏を調略し鳥居峠を越え木曽氏の本拠地である福島に攻め入った。妻籠城より帰還した木曽軍は迎撃の準備が整わず防戦虚しく城下町は小笠原軍により放火され、上之段城も焼け落ちたが、義昌は福島城に籠城し抗戦を続けたという。
近隣の集落が木曽軍の応援部隊として参戦するに及び長旅と長期の戦闘で形勢不利を悟った小笠原軍は撤退したという。

上之段城 (21)
関山公園側から見た二の郭。

【城跡】

木曽青峰高校のグラウンドになった為に大きく改変を受けていて往時の面影を想像するのも非常に厳しい。主郭はグラウンドの東の小山で、グラウンドの拡張の為に裾部分を削り取られてしまったという。
この山の東西に堀が入っていてグラウンドの所が2の郭、3の郭は上之段の大通寺あたりという。
江戸時代に山村代官の上級家臣の屋敷が二十軒近く残っていたという。上之段城の屋敷がそのまま残ったもので、上之段の用水も原形は当時のものという。

上之段城 (22)
二の郭跡。女子ソフトの練習をしていたので写真撮影はかなり厳しい状況。見つかれば即「変態・通報・逮捕」となる・・(汗)

上之段城 (23)
郭2.後方に相図峯狼煙台(1200m)が見える。そのうちあの山にも登る日が来るのか・・・(汗)

上之段城 (1)
関山公園から見た主郭。こうしてみると立派な山城である。


≪上之段城≫ (うえのだんじょう)

標高:812m 比高:52m
築城年代:不明
築城・居住者:木曽氏
場所:木曽町福島
攻城日:2015年3月28日 
お勧め度:★☆☆☆☆
館跡までの所要時間:- 駐車場:関山公園駐車場
見どころ:特になし
注意事項:高校なので不用意に撮影すると通報される可能性あり。要注意。
参考文献:「信濃の山城と館⑦安曇・木曽編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版 P442参照)「武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望」(2011年 平山優著 戎光祥出版)
付近の城址:福島城、木曽氏居館跡、小丸山城、火燃山狼煙台など

IMG_1407.jpg
小丸山城付近より見た上之段城と火燃山狼煙台。





スポンサーサイト

Posted on 2016/09/09 Fri. 23:09 [edit]

CM: 2
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top