らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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木曽福島関所跡 (木曽郡木曽町福島)  

◆中山道の中間に設置された日本四大関所の一つ◆

お楽しみいただいた(?)木曽編は、有名な木曽福島関所を掲載して一度閉じさせていただく事にする。

まだまだ未訪の山城も多いので、取材を再開したあかつきにはまた順次掲載したいと思っておりますw

今回ご案内するのは、説明不要の「木曽福島関所跡」。江戸幕府が整備した五街道における主要な四大関所跡のうち、資料館が存在しないのは群馬県の碓氷関だけらしい・・・(汗)

木曽福島関所 053
福島関所跡の西隣に隣接された資料館は福島関所を忠実に再現している。

木曽福島関所 001
関所の西側(木曽川沿い)は道路の拡幅工事により削り取られてしまって往時の面影は無い。

【立地】

木曽谷のほぼ中央、駒ヶ岳の北支脈が木曽川に迫る福島宿(ふくしまじゅく)の北端、木曽川を見下ろす崖の上に位置する。中山道が木曽川と火燃山(ひともしやま)と呼ばれる戦国時代に狼煙台のあった根ノ井山から張り出した尾根の山裾を通る中間地点にあり、飛騨からの街道も合流する交通の要衝でもある。

木曽福島関所 002
福島関の入口を右へ進むと島崎藤村の小説「家」のモデルとなった高瀬家も見学できる。(別料金)

木曽福島関所 006
復元された東門(関所址では西門の位置になる)

【関所の歴史と概要】

創設年次は明らかでないが、江戸幕府の五街道の整備とともに、江戸防衛の関門として東海道の箱根や新居(あらい)、中山道の碓氷(うすい)と並ぶ重要な関所だった。1668年(寛文8)ごろの古絵図などを手がかりに、2次にわたる発掘調査の結果、番所前の石列、番所から東西に延びた塀の礎石、西門周辺部の石列などが発見され、施設の配置が確認された。現在、国道から西門跡へ上る急坂な小道は福島関を通過する旧中山道の面影を残している。江戸幕府交通政策史上の遺構としてきわめて重要なものであり、旧中山道に接する屋敷部分を含めて関所跡とし、1979年(昭和54)、国の史跡に指定された。

東西45m、南北30mの関所は1869年(明治2)の関所廃止後に取り壊されたが、1975年(昭和50)の発掘調査を基に東西の門も復元され、史跡公園として整備されている。JR中央本線木曽福島駅から徒歩約15分。
※コトバンク「福島関跡」より引用転載。

木曽福島関所 008
資料館の東側がかつての福島関跡。

木曽福島関所 009
意外と簡素な造りだった事に驚く。

【関所跡】

知識の無い小生が「うんちく」を語るより、写真を見ていただいた方が説得力があると思うので、ツラツラ並べてみる・・(笑)

木曽福島関所 011
資料館が復元された場所はかつての家中屋敷の跡地。

木曽福島関所 016
全景はこんな感じです。

木曽福島関所 012
移設された関所の井戸。関守たちの日常生活に使われ、時には旅人の喉を潤したと伝わる。

木曽福島関所 015
上番所跡。一般の旅人は下番所で手形を出して許可を待つので、上番所の役人が調べる事はまずない。

【関所のこぼれ話】

●「入鉄砲(いりてっぽう)に出女(でおんな)」

関所の重要な役割としてよく「入鉄砲に出女」と言われる。「入鉄砲」は鉄砲に限らず、武器の密輸による戦の準備を監視する役目であり、「出女」(女改め)は、江戸屋敷の人質である大名の奥方の逃亡の監視である。
特に「女改め」(女人旅の一行)は厳しく上番所の役人が直接手形について調べ、下番所に命じて手形発行者の符号改め(いわゆる印鑑照合)まで行ったという。許可が下りるまで約2時間程度かかったといい、それまでは下番所の縁側に腰かけて待っていたという。

木曽福島関所 055
往時の関所の西側は木曽川への断崖となっており、福島宿へ入るにしても筏橋を渡って対岸の門前に行くにも関所を必ず通る。

木曽福島関所 033
資料館に展示してある火縄銃。さすがに鉄砲の持込みは重罪だが、関所に罪人の裁決権は無く尾張藩へ届け出しなければならない。

●関所の営業時間

・開く時刻:明け六つ (現在の時刻では午前6時頃)
・閉まる時刻:暮れ六つ (現在の時刻では午後六時頃)
当時は日の出と日の入りを六つ(むっつ)と呼んだので季節により開門と閉門時間がずれたと伝わる。

木曽福島関所 021
下番所の内部は発掘された遺物等の資料展示室になっている。

木曽福島関所 046
上番所。

●関所の一番偉い人

尾張藩より木曽谷一円の代官を任命された山村甚兵衛で、家老職がこれを補佐したという。山村代官は行政権は託されたが、裁決権は無かったので、関所破り等の罪人が出た場合は牢屋に留め置き、尾張藩の担当者に報告し関所に来てもらい罪人を裁いた。担当者が到着する前に罪人が死亡した場合は桶に入れて塩漬け保存したという。(って漬物じゃあるまいし・・・汗)

木曽福島関所 061
木曽谷で権勢を極めた山村代官屋敷は木曽川を挟んだ対岸の大手に一部が残る。

●福島関の一日の通行量

記録が無いのではっきりしないが、冬期間は通行が全くない日もあったと思われる。逆に大名行列が通過する場合は、多い日で一日二、三千人を超える日もあったようだ。ちなみに過去最高の行列は、皇女和宮が京都から江戸に輿入れした時で人足二万人、馬三千頭で、十日間ぐらい途切れることなく隊列が続き、行列の長さは30kmにも及んだという。関所の役人や番兵も上を下への大騒ぎだったと思われる・・・・(汗)

木曽福島関所 038
上番所の隣の座敷。ここに展示してある福島関のジオラマは秀逸の作品で、お立ち寄りの際には必見。

さて、如何でしたでしょうか。

関所の資料館は初めて入りましたがとても勉強になりました。
お近くに関所の資料館がある方は、是非一度お訪ねください。旅人の気分で入るのがお勧めですw

≪福島関跡≫ (ふくしませきあと)

標高:775m 比高:5m(下の道路より)
構築年代:慶長年間
構築者:江戸幕府
場所:木曽郡木曽町福島(関町)
調査日:2013年3月28日 
お勧め度:★★★★☆
見学所要時間:15分~ 駐車場:有り
見どころ:関所跡、資料館。(山村代官屋敷、高瀬家資料館などとのセットの共通割引券あり)
注意事項:特になし
付近の城址:福島城、木曽氏居館跡(山村代官屋敷)、上之段城、小丸山城、火燃山狼煙台など



木曽福島関所 056
関所跡から見た福島城とその周辺。

島崎藤村をご存知の方は隣にある「高瀬家資料館」もお勧めです。

木曽福島関所 060
当時は興味が無くて見学しませんでした・・・次回は入ってみたい・・・。
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Posted on 2016/10/02 Sun. 15:09 [edit]

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