らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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上野国をなんとなく放浪してみた  

◆寝ても覚めても気になる名胡桃城を訪ねて発作が・・・・◆

せっかくの三連休だったが、天候不良を言い訳にして「インドア派」として籠る予定が、「気にならないのか・・改変された(?)名胡桃城、行ってみようよ」・・(笑)

なので初日は強引な言い訳ついでに上野国へ進軍と相成った次第・・。目的は「名胡桃城」、そしてこの城を見ずしてグンマーの城を語るなと言われる「白井城」、それだけの予定である。


【八幡城】 (群馬県吾妻郡中之条町)

「八幡城?何それ?」 城址の看板を偶然に見てしまったので、引き込まれるようにハンドルを切り林道を走る・・・(笑)

八幡城(中之条町) (12)
笹薮が酷くて全体の縄張りは確認できなかったが、本郭には東屋と標柱、石碑が残る。

勝頼の命を受けた真田昌幸が尻高氏を攻め奪取。武田氏滅亡後、北条氏が白井城の長尾氏と共に攻めかかるも、岩櫃城代の信幸が撃退したという。
名胡桃城と同様に実戦を経験しながら、「真田丸には便乗しない」という姿勢には共感が持てる。

八幡城(中之条町) (11)
八幡城の遠景。

【中山城】 (群馬県高山村)

この城が、真田昌幸が領有する岩櫃城と沼田城を分断するための楔(くさび)として、北条方が新築した巨大なベースキャンプだと知ったのは、家に帰ってからである・・・(笑)

例の如く誘導看板に導かれての訪問なので、事前学習など全くせずに突撃・・・(汗)

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主郭に入る道。真田丸に便乗しようと、チョッとやり過ぎの感じは否めない。

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最近建てられた新しい表札・・・(笑)

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この巨大な堀切のドライヴ感が大名系城郭であることを物語る。


【名胡桃城】 (群馬県利根郡みなかみ町)

今回の訪問目的地で、実に8年ぶりの再訪である。
大きくリニューアルされたと聞き及び、恐る恐る来てみたが、余計な心配だったようだ。

沼田城・名胡桃城 026
2008年6月訪問時の二の丸、三の丸。

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現在の三の丸から二の丸。橋が付いて土塁が復元されて二の丸は見通せない。

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二の丸内部。チョッとやり過ぎの感じはあるが、建物址も表示されて臨場感が上手く表現できていると思うが。

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三の丸は三日月堀を埋めて拡張工事された郭だったとは知らなかった・・・(汗)

実は今回の改修に関しては賛否両論があり、明らかに「やり過ぎだろう!(怒)」という声も多数聞かれるが、ここは当時の大多数であった土の城がどういうものだったかを分かり易く再現したという事にした好感が持てる改修例として、良しとしましょうよ・・(笑)


【天神城】 (群馬県利根郡川場村)

この城(といっても隠居後の別荘)の存在を知ったのは、池波正太郎の「幻の城」という歴史小説である。

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隠居所であるが、河岸段丘上の要塞の地である。(河川にかなり削られたようで、往時はもっと広かったと伝わる)

沼田氏の中興の祖である沼田万鬼斎顕泰(ばんきさいあきやす)は、嫡男の朝憲(とものり)に所領と居城である沼田城を継がせて自らは川場に隠居所としての天神城を普請し愛妾と共に移り住んだ。が、しかし、愛妾との間に生まれた七男の景義に家督を継がせたいとの思いが募り、朝憲を天神城に招きこれを謀殺し沼田城の乗っ取りを計画するが、朝憲の奥方が実家である小田原の北条家に内部告発し、北条軍が沼田城の軍勢と共に天神城を攻めてこれを落とした。(川場合戦)
万鬼斎は妾と景義を連れ会津の葦名氏を頼り落ち延びるが、妾は途中で凍死したという。

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天神城の主要部。

小生のお城仲間である「武蔵の五遁」さんが、先日この城について記事を書かれていたので、ついでに寄ってみた次第。
真田丸との相乗効果を狙った史跡整備のようだが、チョッと無理があるように思いました・・・(汗)


【白井城】 (しろいじょう 群馬県渋川市)

白井長尾家の本拠地。関東管領上杉家に関する知識は脆弱なので、とりあえず見に来た次第・・(汗)
河岸段丘を利用したデカイ城で、1600年代に廃城になったのにその遺構が今日まで残っているのは奇跡に近い。現在残る城の遺構は戦国時代が終焉し2万石の藩主の城として改修されたものらしいが、関東の土の城の代表格には違いないと思われる。

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本丸の枡形門。

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みんな大好き「三日月堀」。といっても形を指したもので、武田流ではない。

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巨大な堀切は北条さんの改修を基本とした遺構なんだろうと思う。

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本丸を囲む土塁。

城の遺構は近世城郭時代のものとされるが、石垣の枡形門を除けば、ほぼ北条時代の遺構が残ったのだと思うがどうであろあうか?。三日月堀の名に武田流の築城技術も指摘されるが、馬出が本郭と同じだなんてあり得ない。
キチンと遺構にトレンチを入れて城跡をキチンと調査していただきたいものである。

【エイト デイズ ア ウィーク】 (おまけ)

往復250kmのグンマーの城郭探訪の後のご褒美は、ビートルズのライブドキュメンタリー映画である「Eight Days a Week」をトーホーシネマズで鑑賞。

それはそれで小生にとって、かけがいの無いひと時であった・・・・。

チケット①

一週間が8日間あっても足りないという城巡りの日々を過ごしてみたいものである・・・・・・(笑)
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Posted on 2016/10/11 Tue. 21:45 [edit]

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