らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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山城の最高峰に位置する「御坂城」(山梨県笛吹市)のリベンジに挑む ④  

◆戦乱も終わり、旅人で賑わったであろう御坂峠◆

山城のシーズンインともなれば降雪までが勝負なので、休日は雨でなければ毎回どこかしこの城跡に出掛けてヘロヘロになる。

だからといって、ブログの更新が途絶える事への言い訳にはしたくない・・・が、現実には言い訳している・・・(笑)

今回は御坂城の分解解説のラストとして、峠部分の「B地区」をご紹介したいと思う。御坂峠を取り込んでいるので、城域では最も低い位置になっている。

御坂城① (11)
旧御坂トンネル側の天下茶屋からのルートの途中には富士山撮影の絶景ポイントがある。(2015年2月21日撮影)

残念ながらリベンジした今回は、御坂峠付近は深いガスが巻く天候不順で、富士山の雄姿は拝む事が出来なかった・・。

【B地区】

藤野木側の峠道がある西側斜面に造成途中で放棄された横堀があり、それ以外は三段の郭が置かれ土塁や堀の遺構はあまり確認できない。御坂城が放棄されたのちの御坂峠は、江戸時代から近世にかけて主要な往還として整備され峠茶屋などが置かれ、改変されたものと推察される。

御坂城 (14)
藤野木側の峠道のピーク手前50mには西側に向けて掘られた未完成の横堀が確認出来る。

御坂城縄張図①
再度宮坂氏の縄張図を基に解説させていただく。

御坂城 (148)
A地区とB地区の境には喰い違い虎口があり中枢部への侵入を拒む。

御坂城 (149)
峠茶屋の西側の一段高い場所には御坂天神が祀られている。右下の斜面を下りると河口湖への峠道に合流する。

御坂城 (151)
御坂天神の木造母屋。かつては石造だったようだ。

御坂城 (153)
御坂天神の郭から見た峠の茶屋の屋根。結構な高さの段差であることが分かる。

峠の頂上であるB地区は、北条軍による増改築当初はかなり手が加えられていた、または手を加える途中だったと想像されるが、それがどのような造作物だったのかは不明である。
或いは、最後に手を加える途中で放棄されたと見るのが妥当なのかもしれない。

IMG_6538.jpg
茶屋のある場所はB地区の南側最終の三段目。この御坂城内では最も低い位置となる。(といっても標高は1530m)

御坂城 (155)
B地区の二段目の削平地。

御坂城 (158)
二段目の郭の端には辛うじて土塁が残っている。

御坂城 (157)
この日も多くの登山客がこの茶屋付近で休憩していた。

団体で天下茶屋方面から縦走してくる方や、みさか道を河口湖方面から登るグループの方とも遭遇した。

驚いたのは若い女性の方がフル装備で御坂城内を縦走し黒岳方面へ一人で通り過ぎていきました・・・・(汗)

団体さんにも、うら若き登山家のお姐さんにも、我々が果たしてどのように映っていたのか気になるところではある・・(笑)

さて、次回はいよいよラストの「摩訶不思議な御坂城の中枢部」・・・一回行っただけじゃ理解出来ませんでした・・・・(爆)

御坂城 (161)
我々の行動を正当化するためにも、この看板は早く再作成してもらいたいと強く要望します・・・(笑)




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Posted on 2016/11/19 Sat. 08:12 [edit]

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