らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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東城 (小県郡青木村村松)  

◆青木村の山城は結構おもしろい◆

一昨日の信州は雨模様。例年なら、キンキンに冷えた冷凍庫のような年末のはずが、拍子抜け・・・(汗)

夜半からは雨が雪に変わったようだが、今年の冬は暖冬になりそうな予感。さて、いつ山城納めをするか思案中・・・(笑)

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南側の夫神地区(おかみ)から見た子檀嶺岳(こまゆみだけ 標高:1223m)とその尾根に展開する山城。

今回ご案内するのは、その威容と連続する大堀切の美しさでは小県郡を代表する山城の西城の沢を挟んだ対岸に位置する東城。西城の支城ではないかと思われる。


【立地】

子檀嶺岳(こまゆみだけ)から南へ派生する一支尾根上にある。大沖沢川の谷を隔てた西側には西城が至近距離にあり、後背の子檀嶺岳の頂上には、子檀嶺城が聳えている。

城への行き方は、村松集落から尾根伝いに登る方法もあるらしいが、岩尾根でかなりキツく厳しい工程になるという。最も楽なのは、西の沢の林道(途中ゲートあり)を通って大きく右に曲がるヘアピンカーブから東の尾根の鞍部に取り付き、尾根沿いに南に下る方法である。オフロード車なら林道は問題ないが、ゲートから歩いても15分もあればヘアピンまで行ける。

東城(青木村) (73)
林道から見た登り口の鞍部。傾斜も緩いので楽勝だ。この尾根を南(右へ)に下っていく。

東城(青木村) (70)
鞍部から林道のヘアピンカーブを見下ろす。

鞍部から尾根を歩いて10分ほどで城域に達する。尾根の高低差はさほどでもないし、一本なので迷う事はない。

【城主・城歴】

大正十一年の「小県郡史」の青木村の城址の項に「東城址」(青木)として、以下の記載がある。

「青木村村松區字本山にある山城にして、俗に東城といふ。本郭は東西七間、南北十五間あり。北に當り堀切二條あり。西南に東西二間、南北五間の腰郭あり。南方山脊に沿いひ小郭三個あり。其廣?今明瞭ならず。四方凡五十間許の間は峻険登るに難し。嘗て尖り箭の鏃(とがりやのやじり)を拾ひしとあり。所傳なし。」

縄張りはかなりシンプルで、ここを単独の城と見るよりは、沢を隔てた西の対岸の西城との関連を考えるべきであろう。主郭の崩落した石積みは西城の主郭の石積みと同時期のものとみて差支えないような気がする。

東城見取図①

【城跡】

鞍部から南へ向けて尾根を登り、その後は搦め手側に向かう緩い下り坂となる。尾根筋の天然の岩場も防御の役目を担っていたのであろう。まもなく前後を岩場で囲まれた削平地があり、これが郭4となるようだ。

東城(青木村) (66)
郭4の入口。前後を天然の岩に囲まれた小さな郭だ。ここから城域に入る。

郭4からは比高差がほとんどなく尾根伝いに南に進む。

東城(青木村) (63)
松林なので藪も少なく快適だ。

しばらく尾根沿いに進むと堀切㋑に突き当たる。上巾は5m程度あるが、堀底はかなり埋まっている。堀切㋐との間に郭3を置いて二重堀切として主郭の背後を防御しているオーソドックスな縄張である。

東城(青木村) (7)
補助線を入れて北側から見た現場。

東城(青木村) (9)
堀切㋑の断面(東側より撮影)

●堀切㋐

主郭背後の堀切㋐は上巾も10mあり、堀切㋑に比較してもかなり長大で尾根の岩盤を叩き割った豪快な竪堀で美しい。

東城(青木村) (75)
上田・小県の山城には多く見られる「岩盤割って作った大堀切の友の会」(笑)

東城(青木村) (17)
西斜面を下る堀切㋐。

東城(青木村) (19)
主郭背後は夥しい数の石が散乱している。主郭背後の石積みが崩れた痕跡だと考えても良さそうだ。

東城(青木村) (14)
郭3から見た主郭方面。石積みの散乱がハンパ無い量であることが分かる。

●主郭とその周辺

主郭は27×11の長方形で、東側の斜面を除いた周囲に石が散乱している。往時は西側の沢に対して郭の縁を石積みが囲んでいたと想定され、単なる土留めの石積みが崩れたものでは無いような気もする。対岸の尾根にある西城の主要部も石積みが見られるので同時期の改修と考えられる。

東城(青木村) (23)
北側から見た本郭。

東城(青木村) (26)
主郭の広さと確かな削平には驚いた。

東城(青木村) (29)
一段下の郭2。17×9の長方形だ。

東城(青木村) (38)
郭2から見上げた郭1との接続部分。石が虎口のようになっている。

郭2から更に南側に30mほど下るとテラス形状の段郭を置いて見張り台のような郭5に至るらしいが、今回調査はパスした。

東城(青木村) (34)
郭2から下は自然地形の岩場が続く。この落差があれば南側からの侵入も困難であろう。

●西側の帯郭と石積み跡

尾根の東西の斜面は傾斜がきつく、沢から登るのは困難だと思われるが主郭の西側には二段の帯郭が確認出来る。これは、沢筋からの攻撃に対して築かれたもので、周囲には石積みが散乱している。この石積みが主郭と帯郭の間の斜面に対して打ち込まれたものなのか、主郭を囲んでいたものが崩れたものか、帯郭の土留めなのかは判断が難しい。

東城(青木村) (42)
結構広い主郭下の西側の帯郭。

東城(青木村) (77)
主郭と帯郭の間の斜面に散乱する石。往時の形状はどうだったのか?

東城(青木村) (51)
更に一段下にも帯郭が確認出来る。傾斜は結構急なのだが・・。

飯縄山の裾に築かれた黒丸城は戦国末期まで改修が続けられた山城で、同じ青木村の城でありながら西城とこの東城は全く違う縄張で対比が面白い。石積みを用いるスタイルはこの辺の山城でもかなり多くみられるので、この辺りの土豪も築城技術のトレンドとして取り入れたのだろう。

構造もよく似ているので、西城の支城として築かれ、東方面の監視の役割も持っていたのだと推定されるがどうであろうか。

東城(青木村) (79)
岩盤堀切の㋐。素晴らしい・・(笑)

≪東城≫ (ひがしじょう)

標高:774m 比高115m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村村松
攻城日:2016年12月4日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:15分(林道のカーブより)
駐車場:無し、路駐
見どころ:岩盤堀切、石積みなど
参考文献:「信濃の山城と館③上田小県編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版) 「小県郡史」
注意事項:秋は止め山なので避けましょう。冬は鉄砲隊に注意。

東城(青木村) (1)












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Posted on 2016/12/29 Thu. 08:00 [edit]

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