らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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松田館2  

◆保存整備事業の進む松田館(まつだやかた)を3月26日まで一部公開中◆

千曲市八幡の武水別神社で代々神主を勤める松田氏の屋敷は、知る人ぞ知る戦国時代の方形居館跡であり、巨大な土塁と堀跡が残る貴重な遺構。現在千曲市が保存整備事業を進め平成31年には公開予定(当初は平成26年だったような・・)としているが、その一部が今週限定公開されている。

松田館 (4)
3月21日~26日まで一部を無料公開中。(10:00~16:00)

見たいけど、遠いし日程も短いので無理・・・という方の為に小生が見学した内容をお伝えしよう。

※ここに関しての過去記事は⇒八幡松田館をご確認ください。

【武水別神社の概要】

長野県千曲市にある武水別神社(たけみずわけじんじゃ)は、平安時代に京都の石清水八幡宮より勧進された延喜式社である。祭神として「武水別大神(たけみずかみのおおかみ)、誉田別命(おんだわけのみこと)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)、比咩大神(ひめのおおかみ)など水や農業の神様を祀っている。

武水別神社他 (1)

社殿(本殿)は江戸時代天保三年(1842)に火災により焼失、嘉永三年(1850)に、諏訪の宮大工立川富昌により再建。

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主な祭事として、毎年12月10日~14日まで「大頭祭(だいとうさい)」が執り行われている

【松田家史料保存整備事業の経緯】  ※千曲市教育委員会の説明資料より引用

松田家は、代々武水別神社の神主を勤めてきた家系です。
千曲市では、長野県宝に指定された主屋(おもや)ほか市指定文化財の附属建物を平成16年12月、所有者の松田孝弘様から寄贈を受けたのを機会に、江戸時代~明治時代の建物群、約2,000坪の屋敷内に中世の居館跡を偲ばせる堀や土塁、さらに1万数千点にのぼる古文書、書画、什器等の資・史料の散逸や滅失を防ぎ、その保存と整備を行い広く活用を図る事を目的に、平成17年度から松田家史料保存整備事業を行っています。

松田館 (2)
綺麗に復元整備された長屋門と水堀。

松田館見取図①
今回公開されたのは北側の約2/3で、南の斎館は工事中のため未公開。

【松田館の主な文化財】

1.名称:長野県宝「松田家住宅主屋」(まつだけじゅうたくおもや)
 指定:平成16年11月22日
 概要:主屋の建築年代は不明だが、建築部材の仕上げや建物の特徴から18世紀代の建築と推定される。
     19世紀前期に現在のように改造されたものと考えられる

松田館 (45)
北側から見た主屋。巨大すぎて写真に収まらない・・・(汗)

松田館 (9)
主屋の内部①

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主屋の内部②

松田館 (14)
主屋南側の庭園

建物の特徴として、間口十二間語釈、奥行四間の細長い木造平屋建、茅葺(かやぶき)の建物で、間口中央から斎館に向かって凸字形に突き出した平面形となっている。
主屋の平面は、前後に五室が並ぶ形式で、土間が表から裏まで通る一般の民家とは異なった間取りとなっている。天井が低く、差鴨居(さしがもい)や長押(なげし)を用いない武家住宅のような趣がある。

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主屋の台所

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主屋の北側の裏庭

南側の突出部は書斎のような造りで、一画にある湯殿(ゆどの)は、神事の時に潔斎(けっさい)の場に使われていたところで、神主の家としての特徴が表れています。

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湯殿。

2.名称:長野県史蹟「武水別神社神主松田家館跡」(まつだけやかたあと)
 指定:平成18年4月20日
 概要:敷地は東西約70m、南北約90mの方形を成し、中世の居館を構成する典型的な地割りである。
     四方に高さ約3mの土塁が廻り、その周囲を取り巻く堀跡が残存する遺構をもっている。
     これまでの調査結果から、松田館の土塁は16世紀、室町~戦国期の築造と推測される。

主屋の西側に接続する味噌蔵には、館の整備と並行して実施された発掘調査による遺物や調査当時の写真が飾られている。
また、松田家で使われた品々や松田家に伝わる古文書も一部公開されている。

松田館 (24)
発掘調査で出土した遺物

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松田家で使用していたお重

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松田家に伝わる文書

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武田晴信(信玄)の朱印状(右)と、上杉景勝の朱印状も展示されている。

今回の一部公開では、北側の土塁、北西隅の御霊屋(おたまや)のL字土塁、裏門から氷室にかけての土塁が内側より見る事が出来た。

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北側の土塁。北東隅の土塁は隠居屋建設の際に破壊された事が確認されている。

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裏門付近の土塁。脇を地下水路が走っている。

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北西のL字土塁の上に立つ御霊屋(おたまや)。江戸時代の天明に建てられた。

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氷室のある西側土塁。

3.名称:松長野県宝「田家斎館」(まつだけさいかん)
 指定:平成26年2月28日
 概要:文久元年(1861)に再建された間口7間、奥行3間半の寄棟造の建物で、神殿が設けられた儀礼を主に行った。
    現在も9月14日の仲秋祭や大頭祭の頭殿さんの出達儀式の場として使われている。

 ※今回は工事中に付き未公開

4.千曲市有形文化財「松田邸」(まつだてい)
 指定:平成15年2月28日
 概要:江戸時代後期から明治期の主屋はじめ斎館、土蔵など16棟を指定。
    ※県宝指定に伴い主屋・斎館は除外

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西の蔵。

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北の蔵。

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隠居屋。

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裏門(裏長屋)。御霊屋から撮影。

さて、如何でしたでしょうか。

千曲市は、平成17年度から総事業費5億数千万円をかけて平成31年の完成・一般公開に向けて進めていますが、工期は延びるかもしれません。
でも、未来の子供たちに地元の文化財を残して受け継いで欲しい・・・その心意気に拍手喝采です。
完成の暁には、是非皆さんも訪れていただきたいと思います。



松田館 (86)

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Posted on 2017/03/24 Fri. 10:56 [edit]

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