らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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堀田城 (下伊那郡大鹿村大河原中尾)  

◆大河原城の大手(追手)を守った砦◆

ようやく上田城跡公園の桜も種類によっては五分咲き~満開となり、「待ってました!」とばかり観光バスが押し寄せている。
例年より一週間は遅れているが、このところの暖かさでイッキに開花。見ごろは今週末までと思われる。

どうしても「上田城千本桜祭り」が見たい方は急がれよ!・・・(笑)

枡形城(高山村) (157)
GW前半は北信濃の桜前線が見ごろでしょうね。(写真は高山村桝形八幡広場の桜) 後半は葉桜の予感・・・(汗)

今回ご案内するのは大鹿村城砦シリーズ第四弾「堀田城」。別名「追手城」(おうてじょう)と呼ばれ、その名の通り大河原城の大手口に位置する場所に築かれた砦である。

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堀田城の南側のヘアピンカーブの先にある「中尾茶屋堂」。堀田城主が敵襲に備え陣鐘堂を置き鐘を突き知らせたという。

堀田城については、以下の「定本伊那谷の城」(1996年 郷土出版社)の解説を引用します。

【立地】

古道の要地に設けた堀田城の跡は、大河原城の北西三キロメートルの中尾尾根上にある。鹿塩川沿いに南下する古道は、塩川を渡って坂道となり中腹の河合を経て中尾に登る。ここは古道の頂点であり標高八百メートル余ある。鳥倉山は険阻な峰々をつくりながら西へ延び、断崖上となって小渋川・鹿塩川に臨むが、古道の頂上付近から西は起伏の多い尾根状となっている。古道の西側に神明社があり、この一帯を「ほとの庄」と呼び、南面は急傾斜地である。堀田城はこの尾根上に設けられた山城である。

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堀田城の陣鐘が吊るされたと伝わる松の木。樹齢700年は無理があるので、二代目、三代目ぐらいであろうか。

【城主・城歴】

堀田城は南北を見通す位置にあり、防備・監視・情報連絡などを行う大河原城の追手を守る城砦であったという。城主は護良親王の縦臣堀田正重と伝えられている。親王没後は正重も去って廃城となる。

堀田城見取図①
主要な古道の中尾峠を抑えるために築城された砦であることが分かる。

【城跡】

第一郭(縄張図の2)は神社境内の西の小台地より一段低く造成した平地で南北約50メートル・東西約40メートルの広さである。第二郭は(縄張図の1)はそれより西に一段低く東西に長い三角形の約330㎡程の小平地であり、第三郭(縄張図の3)は同じ尾根状を更に西に300m余隔てた小峰の頂きに設けられていた。

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道路脇の参道を登ると郭2。

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大鹿村にも認識されている城跡として標柱が立つ。

城址は現在第一郭(縄張図の1と2)は農地となって農家が存在し、第二(おそらく縄張図の3)、三郭(縄張図の5)は山林となっている。

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郭2と郭1との間の土塁。長さ約20m。手前に堀切があったのか?

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郭1には民家と耕作地がある。無人のようだが、勝手に侵入出来ないので撮影のみ。

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土塁の上から撮影した郭1の南側。

残念ながら、郭1が私有地で無人で進入許可が得られない為、郭1の調査はもちろん地続きである郭3・4・5の調査も諦めた次第である。縄張図を見ながら、「ほどの庄」と伝わる峰の全てが城跡とは考えにくく、郭3までが実際の城域であったように思える。

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城域東端の一段高い場所は櫓台と伝わる。

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土塁の外側には堀切があったと思われるが、埋められたのであろうか・・・。

≪堀田城≫ (ほったじょう 追手城)

標高:903m 比高:220m(小渋川より)
築城年代:不明
城主;不明
場所:下伊那郡大鹿村大河原中尾
攻城日:2017年3月19日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:-
見どころ:土塁や茶屋堂からの景色など
注意事項:特になし(郭2は神社なので良いが、郭1と連続する郭への侵入には許可が必要)
参考文献:「信濃の山城と館⑥ 諏訪・下伊那編 宮坂武男著」 「定本 伊那谷の城」
付近の城址:大河原城、青木城、松平城、大島城など
Special Thanks to ていぴす殿

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中尾茶屋堂からの景色。松平城、青木城と連携し大河原城の大手口として機能していた事情がよく分かる風景である。

Posted on 2017/04/16 Sun. 20:49 [edit]

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