らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0608

中の小屋 (松本市中川矢久)  

◆身を隠して敵をやり過ごした舟窪形の逃げ込み砦◆

この時期は山城巡りがオフになるので、ブログ記事の掲載も若干ペースアップするのだが、増え続ける膨大な在庫を裁き切るには毎日更新して・・・無理だ・・・・しかも過去の写真を見て縄張図と場所を一致させるだけでもすごい労力・・・(汗)

誰も行かないであろうマイナーな城をアップし続ける地道な作業は、修行そのものであろうか・・・(笑)

今回ご紹介するのは、二度目のトライで辿り着けた「中の小屋」。地元ならではの執念の燃やし方にイラっとする方も多いかと・・(爆)

【中の小屋へのルート】 ※それでも行ってみたいという人の為の虎の巻・・(笑)

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松本市中川の大沢浄水場まで車が登る。(途中に害獣除けのフェンスあり)ここに車を捨てて歩いて大沢の河川敷に入る。※写真は登って来た道を振り返って見ています。

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沢筋が途中で二股に分かれるので手前の沢へ折れて進む。

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沢の左側に鉄塔保安道用の階段があるのでそこをよじ登る。

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信濃の山城探訪は鉄塔の保安道を利用するケースが多いので、電力会社には感謝感謝ですw

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沢から比高100mなので、急坂を20分ぐらいでしょうか。直登すると思えば有難い保安道です。

【立地】

矢久の谷の奥、ダムの上の大沢と中の沢が合流する所の山尾根上の鉄塔の場所が中の小屋という。大沢の奥に「猿ノ小屋」があるというが、その場所は特定できていないという。

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砦跡の鉄塔広場の手前を登る「ていぴす殿」。鉄塔建設時の改変と思われる削平地と石の散乱が見られる。

中の小屋見取図①
生坂村の猿ヶ城物見に似た窪地で、若干の手が加えられた程度であろうか。

【城主・城歴】

伝承では召田城の詰めの城と言われるが、矢久の谷の奥には、中の小屋以外にも橋ノ小屋、猿ノ小屋、あるいは鳥の城物見等の伝承があり、これらは上田小県地方への間道に接していて、戦乱を避けて隠れる逃げ込み場所であったり、間道筋の物見であったりするものである。中の小屋には「おんまや」の地名があるが、この地域には地滑りによって出来た舟形の窪地にその名を付ける慣習があり、山中に馬を隠した場所などとして山城に関連した名が残っている。ここにもそれと類似する地形があり、天水溜と思われる穴がある。

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鉄塔のある場所の旧態は不明である。削平前は堡塁があったのだろうか。

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北西の巨大な土塁状の尾根。堀形の内側を居住地と想定した場合に北風の風防としては申し分ない。

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北東の沢に続く堀形。

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舟窪(ふなくぼ)と呼ばれる窪地。隠れ家としては申し分ない。

天正十年、会田岩下氏が小笠原貞慶の報復を避けられないとして、矢久に砦を構えて上杉の援軍を頼んだ時に、万が一の場合は矢久の谷は退路として想定していたに違いなく、中の小屋あたりも一時的に逃げ込む場所として考えていたと思われる。

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土塁状の尾根から見下ろした舟窪の底部。天水溜の穴らしきものが確認出来る。

【城跡】

鉄塔のある場所は改変により往時の状況は不明。往時は堡塁があり物見だったのかもしれない。鉄塔の東側には土塁状の尾根との間に囲まれるように長大な窪地があり、堀形を形成している。かなりの人数を収容でき、底部には天水溜も確認出来るので、敵の襲来を避けて数日間逃げ込むには格好の場所である。

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北東に竪堀となる舟窪を踏査するていぴす殿。巨大な堀形である事がおわかりいただけるであろうか。

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舟窪の底から北西方面を見上げる。縄張図では表現できない高低差のある地形だ。

【鳥の城物見への訪問を今回は断念】

ある程度目星はつけておいたので、中の小屋の鉄塔付近から鳥の城物見を見出すことは容易であったが、実際にアタックするかどうかは別の話である。ここから林道を経由してさらに比高300m・・・道無き直登の険しき岩場の上に鳥の城物見がある。
最期の一か所を目前にして撤退するのは勇気がいるが、無理せずに万全の装備をして晩秋か来春のアタックという結論に達した。

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林道が途中まで登るらしいが、宮坂武男氏以外は誰も行っていない秘境にある鳥の城物見。

≪中の小屋≫ (なかのこや)

標高:1070m 比高:120m(大沢と中沢の合流点より)
築城年代:不明
城主;不明
場所:松本市中川矢久
攻城日:2017年4月2日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:大沢浄水場より30分
見どころ:土塁状尾根、舟窪、堀形など
注意事項:単独訪問はお勧めしない。靴はスパイクピン付きのゴム長を推奨。スマホは場所によっては圏外となる。
駐車場:大沢浄水場付近に路駐。
参考文献:「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
付近の城址:岩渕城、召田城、橋ノ小屋、鳥の城物見など
Special Thanks to ていぴす殿

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矢久の谷の砦群の位置関係。



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大沢浄水場付近から望遠5倍で撮影した中の小屋。鉄塔が刺さっているので場所を認識するのは易しい・・(笑)
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Posted on 2017/06/08 Thu. 22:30 [edit]

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