らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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小池砦 (松本市寿小池)  

◆三日月形の水堀の残る貴重な砦跡◆

基本的に登山は好きではない。山城がどうしても険しい山の上にあるケースが多いので、仕方なく登っているというのが現状だ。

でも、登山用品は大好きなのだ。装備が良ければ本気で北アルプスに行けそうな妄想をしている・・・(笑)

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日帰り登山~山小屋一泊用のザックなら35Lクラスで十分。ショルダーハーネスが身体にフィットしているかがポイント。

最近の流行は「North Face」らしいので、家人からの贈呈品で、小生も帽子と登山靴下はバッチリ・・(笑)

でもね、ザックはフランスのミレーがお気に入りで、ユーザーでもあります。。ここはこだわりですw その話はいずれまた・・。

今回ご案内するのは松本市の市街地にありながら、その三日月の水堀遺構がキレイに残る小池砦。

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ここは松本市寿にある「小池堤(灌漑用の池)」を目印に向かうと分かり易い。

【立地】

塩尻北インターから西へ1.2km、塩尻市との境に近い松本市寿小赤の小池集落の北、塩沢川に面した台地上に砦がある。一帯は構造改善で原地形はほとんど失われているが、この場所だけは、よく旧態を残していて、砦の面影を知る事が出来る。

小池砦 (1)
弧を描く西側の水堀。

小池砦 (2)
稲荷社のある北側は道路に面して空堀で残る。

小池砦見取図①
砦の中は民間地なので、土地所有者の許可の無い侵入は厳に謹んでください。

【城主・城歴】

「長野県町村誌」に「塞(とりで)」として、「本村(豊丘村)の東南小池にある。武田氏これを築して、要害の便と為す。方今民有に属す」とあり、武田氏の築城を伝えている。そして、砦跡居住の百瀬氏の伝承では、武田逍遥軒信綱の砦で、百瀬氏は武田氏を名乗っていたのを百瀬に改名したといい、「百瀬家累代墓」には武田の紋をつけている。

小池砦 (3)
湧水により今も水を湛える三日月形の堀。(北側より撮影)

小池砦 (4)
武田とは断定出来ないものの、牧野島城とここでしか見られない水堀仕様の三日月堀。

一方、「寿地区景観整備委員会」が平成三年七月に建てた案内板では、「天文年間に小笠原氏が出城を築いた所で、のちに小池郷地頭頭小池との左馬亮信道の屋敷となった・・・・」とある。この小池氏は赤木氏と同族の者であるかどうかは不明であるが、関係はありそうである。この城の発生を、逍遥軒の築城はとにかく、武田氏に関連した砦の可能性はある。
※「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」P31「小池砦」の記事より引用

小池砦 (5)
500年を越えて存在する美しい水堀。

小池砦 (7)
南側より撮影。

【城跡】

西側の崖下には半円形、つまり三日月堀が残り、北と南にも堀跡があり、土塁も残る。土塁状には稲荷社(白山社とも)が残る。(今回は未確認)東の道辺り(五千石街道)に堀があり、三日月堀の東が主郭で、五千石街道の東が付属の郭と思われる。
往時は郭を土塁が周回し、堀切も周囲を巡っていたと思われる。
※「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」P31「小池砦」の記事より引用

小池砦 (9)
南側から見た小池砦。

小池砦 (10)
西側より見た小池砦。

小池砦 (14)
北側より見た砦(主郭)跡。

≪小池砦≫ (こいけとりで とりで)

標高:654m 比高:5m
築城年代:不明
城主;不明
場所:松本市寿小池
攻城日:2015年12月5日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:-
見どころ:三日月の水堀、土塁など
注意事項:許可なく住宅地への立ち入りは厳禁。プライバシーに注意。
駐車場:小池堤の北側にスペースあり。
参考書籍:「信濃の山城と館④松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
付近の城址:馬場家屋敷、赤木北城、赤木南城、八間長者城など。



小池砦 (11)
この先も残して欲しい遺構である。
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Posted on 2017/06/14 Wed. 23:21 [edit]

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