らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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木曽義仲の隠れ城 (1973年 島田安太郎・舟木慎吾 共同著作)  

◆結界を越えて挑んだ郷土史家の偉業◆

今回の記事は、城址の探訪記ではなく絶版となった書籍の話である。

この本が自費製本に近い形で出版されたのは昭和四十八年(1973年)。この年の出来事の一大ニュースは、何といってもオイルショックであろうか・・・。当時の小生は、近代城郭に目覚めていた変な小学生であったが、この年を境に30年以上氷河期に入り地中深く置き去りにされたのであった・・・・(汗)

木曽殿隠れ城①
この本が世の中に存在する事は、宮坂武男氏の記述や信濃先方衆の「ていぴす殿」に教えてもらい、何となく知っていた。

この城は、「図解山城探訪 第二集 木曽史料編」(2002年 長野日報社 宮坂武男著)では「楡沢山城(にれさわやましょう)」として贄川村(現:塩尻市)の城跡に掲載されていたが、ここが日本最高所の山城だと知るのは、2015年の事だった。

2015年当時、twitterでフォローさせていただいていた「くうくう」さんと「naomochi-u」さんが日本最高所の山城がこの「楡沢山城」と特定していたのである。(1754m)

そして彼らはその年の5月に楡沢山城へのアタックに成功したのである。祝福の拍手を送りながら、我ら信濃先方衆は焦っていた。

地元衆のつまらん意地と言われようと、「どげんかせんといかん・・」 このことであった・・・(笑)

木曽殿隠れ城②
本は、楡沢山城(朝日ヶ峯城)の事だけでなく、木曽義仲にまつわる史跡についても地元の聞き込みを元に記載している。

さすがに標高1754m、比高865mはハンパじゃないし、ほぼ登山である。周到な準備と体力、装備が必要であった。
SNSで登山家の皆様の縦走記録など参考にしながら、日帰りで最低限のリスクと消費の少ない体力で探訪出来るルートを探した。

IMG_1923.jpg
最近は登山者もスマホのGPS機能を利用した地図アプリやコンパスが主流らしいが、電波が届かない場合を想定した準備が必要。

そして2017年6月24日、我々は4時間30分の苦闘の末に「楡沢山城」を制したのである。

ついでに、この城について書かれた絶版本の中古本をamazonで購入したのは昨日である・・・・(行く前に買えば・・・・笑)

この本にも登城ルートが示されており、「この城址に登るには、長瀬部落の南で奈良井川に注ぐ楡沢に沿うて急峻な尾根を四~五キロメートルの急坂を登れば城ヶ平から本城のある峰に到達することができる。現在のところ、山道は草木の茂るに任せて手入れがされていないため、藪を伐り開いての登高のため四~五時間はかかる。」 とある。

楡沢山城 (103)
楡沢山城のピーク1754m付近。書籍では台地として7×70mを実測している。腰まで埋まる熊笹で足元は確認できない・・(汗)

楡沢山城 (99)
「船くぼ(ふなくぼ」と呼ばれるピークの南側の巨大な横堀状の窪地に挑むていぴす殿。彼はこの後で未確認生物に遭遇したという。

これ以上は書籍と関係なくなるので、次回「楡沢山城」として記録したいと思う。

著者は、戦国時代の木曽氏は在地土豪(国衆)であり、このような山中に巨大な要塞を築くのは無理だとして木曽義仲軍の築城説を推察している。否定する根拠は持たないないものの、楠木正成が千早城に籠り鎌倉幕府とゲリラ戦を指揮したのは鎌倉時代末期の1333年で、義仲の時代は1180年としても150年の開きがある。
頼朝との決戦に備えるならともかく、馬も登れないこのような高地に巨大な防衛陣地を造る必要性があったのであろうか・・。

目次①

目次②

まあ、木曽義仲は長野県人は皆大好きだし、小生もその一人だし、頼朝嫌いだし・・・(笑)

興味のある方は、古本屋さんで購入してご一読ください。

楡沢山城 (105)
城址には、著者の舟木慎吾氏が現地に立てた説明板(畳1枚の大きさだったという)の杭と固定ボルトのみが残る。

この本、行ってから読むか読んでから行くかは大差無い。

果てしなく生い茂る熊笹の藪漕ぎを1時間以上連続してマジで心が折れてしまったものの、相方の励ましで何とか城址に辿り着き、さらに両足が痙攣してしまい、歩行困難になりながら自力で生還出来た事に感謝したい。

信濃のラスボスの試練は容赦なかった・・・・(汗)

楡沢山城 (111)
木曽の贄川宿から辛うじて見える楡沢山城。

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Posted on 2017/07/01 Sat. 22:19 [edit]

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