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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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「織田信長と上野国」 (群馬県立歴史博物館)  

◆グンマーをたった3ヶ月だけ支配した織田政権と悲運の武将滝川一益の足跡◆

「へえー、グンマーで織田信長に関する企画展があるのか・・・」

武田氏討伐後、その領国を支配下に置いた信長だが、僅か三か月後には本能寺の変で横死していまったのは周知の事実である。

信長より、武田討伐の功績を認められた滝川一益に上野国と信濃の佐久・小県を与えられたのは天正十年三月二十九日の事。

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らんまるがグンマーにこんな立派な美術館や歴史館があると知ったのは2018年3月18日の事。

着任当初は箕輪城(高崎市)、その後厩橋城(前橋市)に移った滝川一益は、着々と東国支配に向けた統治と拠点整備を進めます。この時に真田昌幸が他の豪族と共に一益に出仕したのはご存知の通り。

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残念ながら「上野三碑」は全く知らなかった・・・(汗)

せっせと東国支配に励んでいた滝川一益でしたが、六月二日に信長が本能寺で横死したことを知ります。武田討伐において織田に同調したものの、何の恩賞も得られなかった北条氏は、これ幸いと上野国の侵略に乗り出します。

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おお、ここが県立歴史館なのですね・・・。

「織田領国への侵略は許さん!!」

初老(といっても50代後半)の一益は北条相手に6月18日と19日の二日間、壮絶な戦いを繰り広げます。(神流川合戦)

初日は北条軍を撃破したものの、二日目には激戦の上敗走してしまいました・・。

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古墳と馬が、グンマーの誇りなのだと最近知った次第・・・面目ない・・・(汗)

結局、信長の後継者を決定する清須会議に間に合わなかった滝川一益は、秀吉を嫌い柴田勝家に味方するも、最終的には干されて坂道を転がり落ちてしまい、表舞台から消えた。
秀吉により捨て扶持を宛がわれて失意のうちに越前で没したという。

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織田信長は上野国に入る事はなかったが、上野国は東国御一統の地として東北制定の拠点になるはずであった。

そんな予習復習などなくとも、充分に楽しめる今回の企画展である。

戦乱の世が終わり徳川の世になると、小幡藩の初代藩主は、織田信長の次男信雄が着任し七代150年の間領地を治めました。

※詳細は⇒小幡陣屋を参照願います。

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明智光秀や羽柴秀吉、柴田勝家ほどの派手さはないが、いぶし銀として織田軍団の一角を担った滝川一益の生涯を知る機会は少ない。小生もこの企画展で改めて知った次第である。

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今回の企画展の内容を編集した展示図録も960円と破格の安さで手に入る。(数量に限りあり)

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同時開催として「明智光秀の源流~沼田藩土岐家の中世文書」もお勧めである。

入館料600円で企画展や常設展示も見られるのでとてもお得である。お近くならば是非お出かけください!!(5/13迄)

現地調査も大事だが、時として知識の幅を広げる時間も必要だと思うこの頃である・・・(笑)


4/30を除いた毎週月曜日は休館日なので注意!



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Posted on 2018/03/19 Mon. 22:54 [edit]

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