らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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鬼ヶ城 (長野市戸隠)  

◆信濃に三ヶ所ある「鬼ヶ城」のミッションコンプリート!◆

以前も書いたが、だいたい「鬼」とか「猿」とかの名の付く山城は人を寄せつけない非常に厳しい場所にある。

特に「鬼ヶ城」と名の付く城は、「長野県の中世城館跡」では以下の三ヶ所である。

①小県郡真田町(現在は上田市)の角間渓谷

kakumaoni (41)
角間温泉の入口から見上げた鬼ヶ城。

②小県郡武石村(現在は上田市)の焼山

鬼ヶ城(上田市焼山) (27)
焼山沢より見上げた鬼ヶ城。

③上水内郡戸隠村(現在は長野市)の荒倉山

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戸隠の円光寺館から見た鬼ヶ城。

これらの城を中世城郭としてとらえて良いものかどうかは別として、城と名が付く以上は一度は現地を踏査したいと思ってしまう。

もちろん、それら三ヶ所の鬼の城は宮坂武男氏が「図解山城探訪」(復刻版:信濃の山城と館シリーズ)に掲載されているので、何を今更・・・と思ってはみても「怖いもの見たさ」の深層心理とご理解いただければ幸いである・・・(笑)

今回ご案内するのは、その三ヶ所の鬼ヶ城の最後の難関だった戸隠荒倉山の「鬼ヶ城」である。

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登り口の戸隠栃原の田頭集落から見た鬼ヶ城。かなりの距離があるが大丈夫か?

今回は合同踏査ということで、毎度お馴染み信濃先方衆のていぴす殿に加えて、越後国よりえいき殿、相模国より小太三郎様をお迎えして「秘境に挑む」のであった・・・・。

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林道の終点から適当に見当をつけて尾根に向けて直登するしかない。

【立地】

裾花川の左岸で旧戸隠村と旧鬼無里村の境に聳える荒倉山の支尾根上にある。尾根伝いに北上すれば砂鉢山(1431.6m)を越えて紅葉の岩屋を越えて戸隠三社に通じ、南に下れば裾花川を渡り小虫倉山(1269m)越えて犀川沿いの集落に繋がる古道の要衝だったという。
戸隠の田頭集落から沢伝いに尾根を越え、更にその先の沢を詰めた場所にあるので容易に人を寄せつけない。

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ここから鬼ヶ城のある尾根まで比高100mの藪漕ぎ。岩山の斜面を木につかまりながら這い上がるのである。

戸隠の田頭集落から鬼ヶ城の直下まで通じている「林道上入線」がどこまで辿れるのか?が今回のチャレンジのポイントだった。道路状況によっては最悪断念することも考えていたが、幸いな事に倒木や落石なども無くなんとか終点まで辿り着いた・・(汗)

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直登して何とか城の手前1,100mの鞍部に辿り着く。尾根筋にはしっかりと道がついているので驚いた。

【城主・城歴】

戸隠地方に伝わる「鬼女紅葉伝説」の場所で、鬼無里を追われた紅葉が荒倉山に逃れ最初の拠点としてここに砦を築いたという。
他の中世城館や山城と違い伝説の域ではあるが、古道の要衝を見張る位置にあることから戦国時代にも物見が置かれた可能性は否定できないと思う。

鬼が城1
この岩場から城域が始まる。今回初参戦の相模国の猛者の小太郎さん(中央)と、久々参戦のえいきさん(手前)。

「長野県町村誌」にも「鬼ヶ城」として、「本村(戸隠村)の西の方にあり、高凡九十間周囲凡百五十間、孤立山にして築立せるが如し。頂上は平行にして方二十間あり、往昔、鬼女紅葉の住せし所なりと云ふ。嶮にして登る事難し。」とある。

鬼ヶ城見取図①
砦というよりは修験者の遥拝所だった可能性もあるだろう。

【城跡】

鞍部から歩くと岩場の登りとなる。一騎駆けのような痩せた岩尾根を過ぎ山頂部に入ると人の手の加わった場所に入り平場が連続する。

見取図の3が頂部であるが、そこから下ると石積のある郭1となる。石積みは祠の基壇か積石を信仰の対象として設置された可能性がある。一段下の郭2は先端に土塁のような形状を持つが防御構造とは言い難い。
その先に三角点があり、段郭の先は下りとなり城域はここで終わるようだ。

鬼ヶ城(戸隠) (9)
郭1の平場(15×8)

鬼ヶ城(戸隠) (11)
郭1にある石積み。祠の跡というよりは修験者が積石を重ねて遥拝所としたように思えるが。

鬼ヶ城(戸隠) (14)
郭2。南側に土塁のような盛り上がりもあり連続する平場の中では一番広い。

鬼ヶ城(戸隠) (16)
郭2を下った先の三角点(1133.9m)。ここも郭のようだ。

鬼ヶ城(戸隠) (17)
三角点の先の郭。ここで城域は終わるが、道は南尾根伝いに続いている。

鬼ヶ城(戸隠) (18)
この時期は頂上からの景色はぱっとしないが、往時は裾花流域や鬼無里方面、戸隠もしっかり監視出来たと思われる。

宮坂武男氏もここを城跡とみるかは問題を提起している。

えいきさんと話をした中では、戸隠山の宗徒が修験道の霊場または遥拝所として自然地形に多少手を加えた場所であろうという見解に達した。戦国時代、甲越紛争に翻弄された戸隠山の宗徒が防衛の為に見張りを置いた事も充分考えられる。

鬼ヶ城(戸隠) (22)
最高所の郭3は視界が開けて東側の彼方に善光寺平が見える。

鬼ヶ城(戸隠) (26)
郭4。西側に土塁のような跡があるが、削り残しであろうか。

鬼ヶ城(戸隠) (21)
城域の尾根は十個以上の平場が連続している。

以上、信濃の鬼ヶ城のラストであったが、一番砦らしい鬼の城でした・・・。

もっとも林道が無ければ行く気にもなれなかったと思うのですが・・・(笑)

鬼ヶ城(戸隠) (1)
当日のGPSログ

≪鬼ヶ城≫ (おにがじょう) 

標高:1140m 比高:195m 
築城年代:不明
築城・居住:不明
場所:長野市戸隠荒倉山
攻城日:2018年4月29日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:30分(上入林道終点より)
駐車場:林道終点
見どころ:岩場の連続した郭、頂上からの景色
参考文献・書籍:「信濃の山城と館② 更埴・長野編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)
注意事項:単独は避けよう。林道走破なのでオフロード車でないと無理。直登のため目印を付けて登ろう。
付近の城跡:追通城、福平城、中尾城、上祖山城など
SpecialThanks:ていぴす殿、えいき殿(越後国)、小太三郎殿(相模国)



鬼ヶ城(戸隠) (34)
林道上入線の途中から見た鬼ヶ城全景。
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Posted on 2018/05/04 Fri. 11:28 [edit]

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