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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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高津屋物見 (東筑摩郡生坂村)  

◆日岐大城と対峙する犀川沿いの見張砦◆

そのうち止めようと思いつつ始めたこのブログ、今年の7月で十周年のメモリアル(?)イヤーとなる予定だ。

万事やる事為す事中途半端な自分がここまで継続するとは思いもよらなかった・・(まあ、一ヶ月に一度の記事の更新という月も多々あったが・・汗)

ブログを継続する為の逃げ口として「プラモ戦記」を始めたが、本業(?)は山城の記事であり、それを期待して訪問してくださる皆様の期待を裏切り続けて良いものか自問自答の日々は続いております・・・(笑)

今回ご案内するのは4年前のGWに訪れた生坂村の高津屋物見(たかつやものみ)でございます。

高津屋物見(生坂村) (6)
物見は村営のキャンプ場「高津屋森林公園」の敷地内にあり遊歩道も完備されているので迷う事はありません。

【立地】

物見のある山は犀川の左岸にあり、対岸2kmの山上の日岐大城と対峙する位置にあり、雲根峠の猿ヶ城物見、万平、小屋城など見渡せる上に、この山の尾根通しに西行すれば1.7kmで中山城になりう、犀川流域ばかりか広津地区の村々、更に遠くは金戸山(かなとこやま)、麻績の高城、青柳城まで視野に入るし、南陸郷、七貴の山々に安曇平まで見え、正に展望台の趣のある山である。

高津屋物見(生坂村) (8)
公園として整備され、遊歩道にはツツジの花が咲き乱れる。「あー、あれは春だったんだね」(by吉田拓郎・・・笑)

高津屋物見(生坂村) (10)
最初に現れる削平地。往時のものか後世のものかは微妙な判断。

高津屋物見(生坂村) (11)
二番目の削平地。

【城主・城歴】

現地に立つ生坂村教育委員会の平成7年の説明板には「大日方氏の山城、標高776m、寛政元年(1789)「池田組明細帳」にのる。約50m×30mの平地が頂上にあるのみで、人工を加えたあとはない。明治四十年代まで秋葉大権現があり、相撲が盛んに行われた。眺望がよく犀川べりと北山方面を見張る物見台であろう」と記されている。

高津屋物見見取図①
自然地形とはいうものの、堀切や削平地は往時の面影が残る。

高津屋物見(生坂村) (15)
主郭手前の郭。ここに秋葉社があったというが、大日方神社に合祀されたという。

高津屋物見(生坂村) (22)
主郭跡に再現された土俵跡(東屋)。この先使われる事のない土俵をわざわざ復元する意味などなく、無駄遣いと言わざるを得ない。

高津屋物見(生坂村) (24)
主郭から見た西側尾根筋。堀切が一条確認出来る。

高津屋物見(生坂村) (25)
砦に残る唯一の堀切の拡大写真。

【城跡】

バブル期の開発事業で公園整備化され、キャンプ場やコテージなどが建てられていまい往時の面影は知る由も無いが、説明板にあるように、もともと地山を簡単に削平しただけの物見である。宮坂武男氏の観察眼によりいくつかの遺構も認められたが、果たして往時の遺構かは判断が難しいが、少なくとも堀切は認めても良いと思われる。

高津屋物見(生坂村) (26)
堀切の先は緩い傾斜の付く細長い郭で先端に若干の平場を接続しそこで城域は終わっているようだ。

高津屋物見(生坂村) (33)
西側より見た主郭。郷土出身の関脇御嶽海に来ていただきたいものである・・・笑


≪高津屋物見≫ (たかつやものみ)

標高:772m 比高:280m(犀川より)
築城時期:不明
築城・居住者:不明
場所:東筑摩郡生坂村昭津区長谷久保
攻城日:2015年5月5日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:10分
見どころ:堀切、削平地
付近の城跡:日岐大城、京ヶ倉、小屋城、など
注意事項:特になし
参考書籍:「信濃をめぐる境目の山城と館・松本・塩尻・筑摩編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)

高津屋物見(生坂村) (3)
対岸には日岐大城、京ヶ倉、小屋城なども一望出来る。

【おまけショット】

日岐大城の物見岩jから見た高津屋物見。立地条件がお分かりいただけるかと・・・。

hikioojyo (86)

前回、下書きのまま酔っぱらって投稿してしまい、ご迷惑をお掛けしました・・・その割には適当な記事なのでご容赦ください(笑)

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Posted on 2019/03/29 Fri. 20:36 [edit]

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