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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0417

志賀城跡(佐久市志賀)の西尾根遺構損壊事件  

◆地権者の無届作業による埋蔵文化財包蔵地の志賀城跡損壊事件◆

小生は読者の皆様がご存知の通り、twitterのアカウントを持ち、城郭探訪の際にはタイムリーに記事を発信しております。

4月14日(日)に、たまたまフォロワーの方のtweet記事を見て、愕然として我が目を疑うような写真に遭遇しました・・・(汗)

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ああ、ここは紛れもなく佐久市志賀にある雲興寺裏山にある志賀城の西尾根の最終堀切と附属する段郭の場所に違いない・・・。

記事を掲載したフォロワーさんに確認すると、どうやら北側の林道から作業道を開けているらしい。

なんでここに重機が入って作業道を開けなくちゃいけないの???伐木とか必要なの?・・

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現状についてtwitterを発信し、多くの仲間に事実を知ってもらい拡散していただいた。

すぐに数年前の白馬村の三日市場城の城址破壊事件を思い出した。

これ以上破壊をすすめさせては絶対にいけない・・・。時間との戦いだった・・・。

地権者が自分の所有地をどうしようが自由かもしれないが、ここは地元はおろか、全国区にその名の知れた志賀城址なのである。

その日のうちに、信濃先方衆の相方の「ていぴす」殿に連絡を取り、明日現地を訪問し損傷個所の確認をすることになった。
幸いな事に、地元佐久市のtwitterのフォロワーさんに今回の経緯と作業者について情報を提供してもらうことが出来た。

情報提供者には、佐久市の教育委員会に問い合わせするように依頼した。

「アマチュア城郭探訪家の我々に何が出来るのか?」

ダメもとで、長野県の教育委員会と佐久市の教育委員会に直訴することしか思い浮かばなかった・・・。

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志賀城の北側の林道から作業道の開けられた場所を捜索していた我ら信濃先方衆は、全くの偶然で地権者に話を聞く事が出来たが、市役所通報への相手からの報復措置も十分あり得るので詳細は伏せておく。

その後、直ちに佐久市の埋蔵文化財事務所に出向き、具体的な場所と縄張図を示して志賀城西峯損壊の件を通報し、保全を求めた。担当者は直ちに作業停止命令を出すと約束してくれた。

が、その通報の過程で、担当者からまさかの笠原城や高棚城と場所を勘違いしていないか?の言及となる。

申し訳ないが、我ら笠原城も高棚城も現地訪問しているし、志賀城と間違えるはずはない事を伝えた。担当者は沈黙した・・。

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その後、フォロワーの皆さんには多大な共感と拡散をいただき、その事が佐久市長の柳田氏にも伝わる事となり、柳田市長よりも直接返信をいただきました。

柳田市長のスピード感溢れる素早い対応、さすが・・・・。SNSの何ぞやを心得ていらっしゃる・・・・。

本日、市長より、経過について再度ご報告を賜りました。

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宮坂武男氏の鳥瞰図を載せるとは、なかなかツボを心得ていますネ(笑)

この市長なら、間違いなく処理してただけると安心しました。

小生を応援していただいた皆さん、ありがとうございます!!

地元の山城は、地元のヤツらが守らにゃ、誰が面倒みるのさ!! 我ら信濃衆の行動力も地元愛あっての胆力でございますw

志賀城(佐久市) (1)
笠原一族の菩提寺である雲興寺とその背後の志賀城。

小生のブログ記事を印刷して、志賀城の登城者に配布してくださる雲興寺様にも、ささやかな恩返しが出来るといいのですが・・。



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Posted on 2019/04/17 Wed. 22:47 [edit]

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