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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0712

巻ヶ支城 (下伊那郡豊丘村神稲)  

◆巻ヶ城の南を守り古道を監視した砦◆

今頃気が付いたのだが、ブログを解説開設して十年が過ぎた・・・。

当たり前だが、開設当初の1年ぐらいは読者も近寄らず、ブロ友を申請しても返事など無く、似たようなブログの皆様にコメントしてもそっけない返事。

やる気だけが空回りして味気ない日々を過ごしてきたが、「読者を増やしたいと思うなら、記事の更新を止めてはいけない」と小生の尊敬する「城と古戦場」の管理人のマサハレ様に励まされ、気が付いたらここまで何とか続いていたという有り様・・・(笑)

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巻ヶ城の説明板は、何故か登り口ではなく、北側の芦部川の茶臼山城の登り口手前に設置されていた・・絶対にこちらからは登れない(汗)

今回ご案内するのは、前回掲載した巻ヶ城の古道を挟んだ南側に築かれた「巻ヶ支城」である。

巻ヶ城見取図①
今回は下側の支城の見取図をご参照ください。

【立地】

巻ヶ城との間に形成された洞を挟んだ南の小高い丘に築かれている。
古くは山田から笹久保を経て坂鳥峠を越えて北山集落を経由し唐松峠を越えて大河原に至る山道の入口を抑える場所である。

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巻ヶ城の説明板(拡大版)

【城主・城歴】

前回掲載した巻ヶ城をご参照ください。

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休耕地となった水田跡から適当に5分ほど斜面を登ると主郭の西尾根の削平された尾根に辿り着く。

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支城の唯一の西側の堀切。上巾は5m程度。

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主郭から見下ろした堀切。

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主郭と周囲を囲む帯郭との切岸。結構真面目に角度をキチンと付けている。

【城跡】

頂部に土塁を削り残した不正五角形を置き、その一段下の周囲に帯郭を配置した単純な縄張である。堀切で遮断した西尾根は造成途中で放棄されたのか、その必要が無かったのかは悩むところである。
山道の監視や取り込みというのは側面的な解釈で、巻ヶ城の弱点である南側の斜面の防御と水の手の防御の為に築かれたのであろう。

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堀切から見た主郭の土塁。

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主郭内部。

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主郭の東側の縁にある土塁。

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主郭と帯郭の接続部分(主郭から東の帯郭を見下ろす)

頂部に三方に囲むような土塁を設けた主郭を持ち、一段下に周回する帯郭を設けただけの山城である。
この縄張は、のちに紹介する巻ヶ城の北側に位置する「茶臼山城」と規模は違えど中々類似している事に気が付く。

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主郭の外側を巡る帯郭。削平がやや曖昧。

≪巻ヶ支城≫ (まきがしじょう)

標高:653.6m 比高85m(池の平より) 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:下伊那郡豊丘村神稲山田
攻城日:2017年3月19日
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:車から降りて15分ぐらい
駐車場:無し (麓の山田集落に路駐)
参考文献:「信濃の山城と館⑥ 諏訪・下伊那編」(宮坂武男著 戎光祥出版)
見どころ:堀切・切岸など
注意事項:特になし
Special hanks ていぴす殿



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取るに足らない城なんて無い・・・誰かが語らねば、その砦の存在すら忘却の彼方に消えてしまうという危惧を持ち続けたい。

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芦部川沿いから見た巻ヶ城。
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Posted on 2019/07/12 Fri. 22:01 [edit]

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