FC2ブログ

らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0813

上田城の石垣の石切丁場 その①  

◆石切り場は産業遺構として将来に向けて保護されるべき貴重な資料の宝庫である◆

信濃国上田藩に在住の小生が、どんなに豊臣時代~江戸時代にかけての大坂城の研究を重ねて対外発信しても、一部の方から労いの言葉を受けても、共感や感動を与える事はほぼほぼ不可能であろう。

なので、「地元のヤツが熱く語る地元の城!!」というのが小生の基本的なマニュフェストポリシーである。

と、偉そうに小生が声高に叫んでも何の説得力も無い・・・(汗)

そもそも、城郭ヲタクマニアへの道の入口が近世城郭であったとしても、土の城ばかり見てきた身で、今さら石垣フェチ専門になれるか甚だ疑問ではある・・・(笑) 算木積み?何ですかそれ?積み木崩しは穂積ぺぺ?(爆笑)

日頃、「地元の城は、地元のヤツらが暑い熱い思いを込めて語るのが説得力があるのだ!!」なんて嘯いているが、仙石・松平氏の手になる上田城については、表面的な知識しか持ちえない愚かさに反省しきり。なので最近地元最強の輩(和根崎さん、偉そうにスミマセン・・・汗)が書いたこの本を読んで勉強してみた・・・(笑)

IMG_1021.jpeg
この手の専門書は戎光祥出版さんの独壇場であろう。編者の上田市教育委員会の和根崎氏は影の上田城主と噂されている(笑)

和根崎さんには申し訳ないが、この本で一番興味を引いたのは「第二部 発掘調査の進展・成果」の「Ⅲ 石切丁場の分布調査」という森岡秀人氏の寄稿であった。
あたしゃ不勉強で申し訳ないが、知る人ぞ知る考古学のスペシャリストで、石垣のスペシャリストでもあるようです。

IMG_1075.jpeg
上田城二の丸の北虎口の石垣。

私たちが近世城郭を訪れてます感動するのは、その威容を余すことなく誇る石垣であろう。

ところが、あまりにも「近世の城跡=石垣のある風景」が当たり前に浸透して見慣れてしまった結果、

「この巨石は元々何処にあったものなのだろう?」

「重機もクレーンもダンプも無い時代にどうやってここまで運んだのだろう?」

「石を切り出して加工する工程はどうやったのだろうか?」

という素朴な質問すら思い浮かばない哀しい無関心なその他大勢の人になりつつあるような気がするし、小生もその一人である。

IMG_1080.jpeg
尼ケ淵と呼ばれる上田城の南側の崖渕の石積は、千曲川と太郎山の地下水による浸食を防ぐ護岸用の石垣だという。


【上田城の石垣の石切場】 

地元で昔から認知されているのは、市民の山として親しまれている太郎山の表参道の途中脇にある石切り場で、その他には同じ太郎山の西側の虚空蔵沢の登山道「牛伏・白蛇コース」の登り口の虚空蔵堂裏手及びルート途中にある村上連珠砦の山城と伝わる牛伏城手前の石切場で、他に伝承としては虚空蔵沢の西側の眉見林の「指さしゴーロ」や和合沢(御廟の沢)、山口北方の岩(ほこの首)があるようだが、現地調査をしていないので、はっきりとしたことは分からないと森岡氏秀人氏は記している。

太郎山石切場
千曲川の常田大橋付近から見た太郎山の石切場の分布。


【虚空蔵堂及び牛伏城手前の石切丁場】

今回ご案内するのは、上田城の石垣の太郎山に現存する石切丁場二ヶ所のうちの一つ、西側に位置する「牛伏城石切漁場」(仮称)である。
場所は国道18号線上田バイパスの緑ヶ丘の交差点信号を北に入った虚空蔵堂裏手と、そこから太郎山登山道の「牛伏・白蛇」ルートの中世山城の牛伏城の手前100m付近にある。

IMG_1017.jpeg
虚空蔵堂の参道。

IMG_0979.jpeg
社殿の裏側の何気ない剥き出しの岩肌に、見事な矢穴列が・・・。

IMG_0977.jpeg
前の写真を拡大。まさかここに石切場があったとは・・・灯台元暗しを実感した次第・・・(笑)

ここでの虚空蔵堂付近での採石は早い段階で産出量に限界をきたしたのであろうか。

真田信之の松代藩への配置換えに伴い、小諸藩より転封となり異例とも言える幕府の許可と莫大な資金援助を受けて上田城の近代城郭への再興に着手した仙石忠政(センゴクでお馴染みの仙石秀久の嫡男)であったが、その築城工程はかなり難航し、早い段階で資金も底をつき、彼の死と共に工事は中断された。

その後改修工事は再開される事も無く、忠政の跡を継いだ仙石政明と入れ替わる形で、出石藩主だった藤井松平の忠周が5万8000石で上田藩に入封となるが、明治維新まで度重なる水害による尼ヶ淵護岸用石垣の申請のみだったという。
しかし、その石垣補修は資金不足に加え、原材料や石工の確保が難しく相当な苦労の連続だったという。

IMG_0982.jpeg
牛伏石切場(仮称)へは、虚空蔵堂から最近整備された「牛伏・白蛇」登山ルートを約20分ほど登る。迷うことは無い。

IMG_0984.jpeg
牛伏城手前の石切場。クレーター状の凹地に剥き出しの岩盤が出現するので、それと分かる。

IMG_0985.jpeg
岩肌には矢穴の跡がいくつか散見出来る。

この場所から100mほど登った場所に村上連珠砦の一つと伝わる牛伏城があるが、土塁の周回する単郭の周囲に数段の段郭、主郭の背後を太い一条の堀切で断ち切った戦国時代初期の砦と推定され、石切場の石を使用している形跡は見当たらない。

IMG_0992.jpeg
昨年「太郎山山系を楽しくつくる会」の皆様により登山道と城跡の整備が実施された牛伏城。宮坂氏の縄張図も設置され有難い。

牛伏の石切丁場は、虚空蔵堂からさらに比高100m以上あり、少なくとも二ヶ所の採石場と数段の加工用の平場があり、砕石が散乱している。
問題は、このような高い場所から切り出された石材の搬出方法と経路であろうか。

周辺を探索してみると、南東の斜面に塹壕状の搬送路のような形状が麓に向けて続いている。従来の伐木材の運搬経路を利用すした事も考えられるが、垂直に近い斜面を落下させた荒っぽい運搬方法案外もありかと・・・。

IMG_1013.jpeg
採石の跡を物語るクレーター状の凹み地。この写真が「土塁と直虎口」に見える方は治療が必要かと・・・(笑)

IMG_1014.jpeg
石切場の南の斜面側に展開する段郭。

IMG_1015.jpeg
散乱する石はここが加工を兼ねた作業所だった可能性を否定していない。


≪牛伏石切丁場跡≫ (うしふせいしきりちょうばあと) ※仮称

標高:650m 比高150m(R18上田バイパス交差点より) 
採石年代:不明
場所:上田市常盤城
探訪日:2019年7月21日
お勧め度:★★★☆☆ 
遺構までの所要時間:虚空蔵堂より20分
駐車場:無し(虚空蔵堂の登り口の道路脇に1台駐車スペースあり)
参考文献:「信濃上田城」(和根崎 剛編 戎光祥出版)
見どころ:矢穴など
注意事項:特になし


Ⓢは虚空蔵堂の位置。

IMG_1012.png
国土地理院地図を使ったアプリでの位置情報に加筆修正。

次回は、「太郎山表参道 十二丁石 石切丁場」(※仮称)についてのレポートになる予定です。
スポンサーサイト



Posted on 2019/08/13 Tue. 20:34 [edit]

CM: 0
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top